に小《ささ》やかな三階づくりが出来て、階下には理髪店が開かれたが、その三階にチラと見える爺さんの相変らずの姿、ようこそあれござんなれとばかり、訪れて見ると、四畳半ほどの一間に朴の木樫の木撫の木を散らばして昔ながらの下駄歯入れ、仔細を訊けば爺さん軽く笑って、「なァにね、実は植木の置場に困ってきやしたので間借りじゃァおっつかず、とうとうこんな棒立小屋を建てやしたのさ!」と至極簡単なもの。段々詮索して見ると、それでも歯入れ渡世で兎も角も家一つを建て、階下を理髪業者に貸し与え、二階にも砲兵工廠に通う夫婦者の職工を棲まわせ、己れ一人は三階の四畳半に独居の不自由を自由とし、尺寸の屋上庭園には十数鉢の盆栽をならべて間がな隙がなその手いれを怠らず、業余にはこれを唯一の慰藉として為めに何ものをもこれに代うるに躊躇せぬ。かれがその妻を去ったのもこの盆栽を疎かにしたからで、蓄財を傾けて己が棲所をしつらえたもこれ故である。
実際かれはかばかりの自然児である。半宵もし軒をうつ雨の音を聞く時は、蹶然褥を蹴って飛び起き、急ぎ枕頭の蝋燭に火を点《とも》して窓を開け放つなり、火影に盆栽の木々の枝葉の濡色を照らし見て、
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