最も美しく懐かしきものだ。
男の素袷に兵児帯《へこおび》無雑作に巻いたも悪からず、昔男の業平《なりひら》にはこうした姿も出来なかったろうが、かきつばたのひんなりなりとした様は、なおかつ江戸ッ児の素袷着たるにも類すべく、朝湯で磨いた綺麗な肌を、無遠慮に寛ろげて、取繕わぬところにかれらの身上はある、洒々落々たる気分は、どうしてもこうした間に潜むもので、吾儕の身に纏う衣類のすべてを通じて、袷ほど江戸ッ児に相応しいものはまたとなかろう。
ただ恨むらくはこの袷というもの、着るべき間のはなはだ長からで、幾許もなくして単衣と代る、是非なしとはいえ江戸ッ児には本意なしとも本意ない。
遮莫《さもあらばあれ》、物に執着するはかれらの最も潔しとせぬところ、さればぞ初袷の二日三日を一年の栄えとして、さて遂には裸一貫の気安い夏をも送るのである。
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五月場所
櫓太鼓の音、都の朝の静けさを破って、本場所の景気を添ゆれば、晴天十日江戸ッ児の心勇んで、誰しも回向院に魂の馳せぬはない。
本場所も、一月よりは五月場所の方力瘤も入って、自ら気勢いもつくが定で、こればかりは今も昔に譲らず、向両
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