れて少しポカつく日には額より汗の珠、拭いもあえねば釣りする人の襟元に折りおり落つるのを彼も此も知らず気づかず。魚を逸して畜生と舌打ちすれば、それにも合槌して、やがてのこと竿を捲きはじむるに、初めて用達しのすまずにいたを思出し、慌てて駆出す連中決して稀らしくない。個中の消息、かれらの別天地に遊んだものでなくばとうてい味えも判りもせぬこと。網は昔より近頃の流行《はや》りだが、趣味は遠く釣りに及ばぬ。
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初袷
袷着て吾が女房の何とやら、綿入れの重きを脱ぎすてて初袷に着代えた当座、洵《まこと》や古き妻にも眼の注がるるものである。
江戸ッ児の趣味は素肌に素袷、素足に薄手の駒下駄ひっかけた小意気なところにあって存するので、近頃のシャツとか肌着とかは寧ろこの趣味を没却するものである。
されど若き女のネルなぞ着たのは、肌つきもよく、新しき時代のものとしては江戸趣味に伴える一つである。
絹セルに至っては少しイカツくて、セルのやわやわしいに若かぬが、それとて今どきの衣類にてはよき一つとや言わんか。何はしかれ女は身重なると綿入れ着たるとはいとど惨めに浅ましく、袷より単衣のころ
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