どもまた即興の句にも及ばず、上野の彼岸桜に始まって、やがて心も向島に幾日の賑いを見せ、さて小金井、飛鳥山、荒川堤と行楽に処は尠からぬも、雨風多き世に明日ありと油断は出来ず、今日を一年の晴れといろいろにおもいを凝らし、花を見にゆくのか人に見られに行くのかを疑うばかりであった桜狩りの趣向も、追々に窮屈になりこして、しかも無態な広告の看板や行列に妨げられ、鬼の念仏お半長右衛門の花見姿は見ることもならず、相も変らぬは団子の横喰い茹玉子、それすら懐で銭を読んでから買うようになっては情ないことこの上なし、世は已に醒めたりとすましていられる人は兎も角、こちとらには池塘春草《ちとうしゅんそう》の夢、梧の葉の秋風にちるを聞くまでは寧ろ醒めずにいつまでもいつまでも酔っていて、算盤《そろばん》ずくで遊山する了見にはなりたくないもの、江戸ッ児の憧憬はここらにこそ存《あ》っておるはずであるのに……。
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弥助と甘い物
江戸ッ児は上戸ばかりと相場のきまったものでもなければ、下戸にも相応の贅はある。されば一[#(ト)]わたり上戸と下戸の口にあう鮨と餡ころの月旦を試みように、弥助は両国の与兵衛
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