元の味いはなく、虎屋のドラ焼きも再び世には出たが、火加減にまれ附味の按配にまれ、ガラリ変って名代というばかり。塩瀬、青柳、新杵の如きも徒に新菓のみを工夫して、時人の口に諂《おもね》り、一般が広告で売ろうなどとはさても悪い了見を出したものだ。
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渡し船
「おッこちが出来てわたしが嫌になり」さて霊岸島から深川への永代橋が架って以来名物の渡し一つ隅田川にその数を減じたが、代りに新しく月島の渡し、かちどきの渡しなぞふえて、佃にも同じ渡しの行きかうを見るようになった。
しかし、隅田の渡しで古いのは浜町三丁目から向河岸への安宅の渡し、矢の倉と一ノ橋際間の千歳の渡し、須賀町から横網への御蔵の渡し、待乳山《まつちやま》下から向島への竹屋の渡し、橋場、寺島村間の白髭の渡し、橋場、隅田村間の水神の渡し、南千住から綾瀬への汐入りの渡しなぞで、その最も古い歴史を有すのは竹屋の渡しだ。
この渡し、元は待乳の渡しといったものなのを、いつの頃からか竹屋という船宿の屋号がその通り名となり、百五十年来の名所に二つの呼び名を冠するに至ったのだ。
花の向島に人の出盛る頃は更にも言わず、春夏秋冬四時客の絶えぬのはこの竹屋の渡しで、花の眺めもここからが一入《ひとしお》だ。
されど趣あるは白髭の渡しもこれに譲らず、河鹿など聞こうとには汐入りの渡し最もよかろうと思う。
千住から荒川に入っては豊島のわたしを彼方へ王子に赴くもまた趣あり。船遊山とはことかわるが、趣味の江戸ッ児にはこの渡し船の乗りあいにも興がりて、永代から千住までの六大橋に近い所でも、態々まわり路して渡し船に志すが尠くない。
然ればこそ隅田川上下の流れを横切って十四の箇所を徂徠している数々の渡し船も、それぞれに乗る人の絶えないので船夫の腮《あご》も干あがらぬのである。
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汐干狩
三月桃の節句に入っての大潮を見て、大伝馬、小伝馬、荷たりも出れば屋根船も出で、江戸ッ児の汐干狩は賑やかなこと賑やかなことこの上なく、紅白の幔幕旗幟のたぐいをまでたてて、船では三味線幾挺かの連れ弾きにザザンザ騒ぎ、微醺《びくん》の顔にほんのりと桜色を見せて、若い女の思い切り高々に掲げた裳から、白い脛《すね》惜気もなくあらわにして、羞かしいなぞ怯れてはいず、江戸ッ児は女でもさっぱりしたもの、時に或はむしがれいなぞ踏まえて、驚いて飛びあがりはしても、半ばはそれを興がりてのこと、強ちに獲物の多きを欲せずして、気晴らしをこれ専らとする。
然れば夕べに七つ屋の格子を潜って、都々逸よりも巧みな才覚しすまして旦は町内のつきあいに我も漏れず、一日を他愛もなく興じ暮らして嚢中の空しきを悔いざる雅懐は、蓋し江戸ッ児の独占するところか。
上げ汐の真近時になると、いずれの船からも陣鉦《じんがね》、法螺《ほら》の貝などを鳴らし立てて、互いにその友伴れをあつめ、帰りは櫓拍子に合わせて三味線の連れ弾きも気勢いよく、歌いつ踊りつの大陽気、相伴の船夫までが一杯機嫌に浮れ出して存外馬鹿にもならぬ咽喉を聞かすなぞ、どこまでも面白く出来ている。お土産は小雑魚よりも浅蜊《あさり》、蛤の類、手に手に破れ網の古糸をすき直して拵えたらしい提げものに一ぱいを重そうにして、これ留守居や懇意へのすそ頒け、自分は喰べずとも綺麗さっぱり与《や》ってしまった方が結句気安いようで、疲れて寝る臥床の中に、その夜の夢は一入《ひとしお》平和である。
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山吹の名所
歌書には井出の玉川をその随一とするよう記されてはあるが、さて今はさる名所も探ぬるに影さえ残らず、あわれ名所の花一つを旧蹟もなくして果てようとしたを向島なる百花園の主人、故事をたずね、旧記をあさって、此処彼処からあつめきた山吹幾株、園のよき地を択りに択って、移し植えたるが一両年この方大分に古びもつき、新しく江戸の名所をここに悌《おもかげ》だけでも留め得た。七重八重花羞かしき乙女の風流をも解し得ざった昔の御大将はともあれ、今の都人士にその雅懐を同じゅうしてこの花をここに訪ぬるは知らず幾人であろう。宵越しの銭を使わぬ江戸ッ児が黄金色の花を愛するなど柄にないことと罵りたもう前に、一度は行きて賞したまえや。
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節句
五節句の中で、今も行わるるは桃の節句、菖蒲の節句である。
桃の節句は女の子の祝うものだけに、煎米、煎豆、菱餅。白酒の酔いにほんのりと色ざした、眼元、口元、豊《ふく》よかな頬にまで花の妍《あざ》やかさを見せたる、やがての春も偲ばるるものである。
さて雛壇には内裏雛、五人囃、官女のたぐい賑やかに、人形天皇の御宇の盛りいともめでたく、女は生れてそもそもの弥生からかくして家を形づくること学ぶなるべし。
菖蒲の節句は男の節句、矢車の
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