カラカラと高笑いする空に真鯉、緋鯉、吹流しの翻るも勇ましく、神功皇后、武内大臣の立幟、中にも鍾馗《しょうき》の剣を提げて天の一方を望めるは如何にも男らしい。――五月の鯉の吹流し、口ばッかりではらわたはなしなぞ嘲りはするが、彼の大空に嘯くの概は、憚《はばか》んながら江戸ッ児の本性をあらわして遺憾なきものだ。
ただ恨むらくは頃者《けいしゃ》内幟の流行打ち続いて見渡す空に矢車の響き賑わず、江戸ッ児の向上心を吾から引っ込み思案にしてしまう人の多いことで、吾儕は寧ろ柏餅も鱈腹喰うべし、※[#「椶」の「木」に代えて「米」、62−10]《ちまき》もウンと頬張った上で、菖蒲酒の酔いもまわらば、菖蒲太刀とりどりに那辺までも江戸ッ児の元気を失わぬ覚悟が肝要だと思う。
また菖蒲湯というもの、これも残されたる江戸趣味の一つで、無雑作に投げ入れた菖蒲葉の青々とした若やかな匂い、浴しおえて出で来る吾も人も、手拭に残るその香を愛ずれば、湯の気たちのぼる四肢五体より、淡々しく鼻にまつわりこす同じ匂い、かくては骨の髄までも深く深く沁み入ったように覚えて、その爽やかさ心地よさ、東男の血の貴さは、こうして生立つからでもあろうか。
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筍めし
名物の筍は目黒の土に育ったのを江戸以来随一としている。その筍を料理《りょう》っての喰べかた、何々といろいろにお上品なのもありはするが、無雑作でどこまでも江戸ッ児の口にあうは、まず飯に炊いたものである。
近頃は筍めしの一つも、目黒くんだりまで態々食いにゆく人、いとど尠うなりはしたが、かえって電車も汽車も何もなかった以前には、走りを賞美する江戸ッ児の、売りに来たを値切って買って、己が台所で妻婢の手にものさるるを待ってはいず、それと聞くより吾も我もと一日を争い、途の遠きを辞せずしてそれのみに出かけ、今年の筍はどうのこうのと舌の知識を誇りたいが関の山、その余には毛頭謀犯慾望のあって存するなく、考えれば他愛もなく無邪気なことどもである。
読者よ、乞う、この子供らしき誇りと他愛なさとを買いたまわずや。江戸ッ児の身上は常にかかる間に存する万々で、この情味さえ解したまわば、その馬鹿らしと見ゆる行動、くだらないと聞く言語、いずれも溌剌たる生気を帯びきたって、かれらに別個の天地あることも御承知が出来ようと思う。
さてこの筍めしに就いては、曾つて西欧人を吃驚《びっくり》せしめた例もある。かれらは邦人がこの筍を料理して喰うを見、「日本人は竹を喰う」とて内々舌を捲いたとやら、江戸ッ児には又この西人を驚かしたというそれが、いとも愉快に胸すくことで、実は内々嬉しくてたまらぬのである。
要するに筍の料理、これ一色でも会席は出来ることで、何も目黒くんだりまでゆかずともではあるが、ここの土に育ったが最良とせらるるその本場へ、態々歩を運ぶという気分、人はこの気分に生きたいものだ。
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藤と躑躅と牡丹
梅に始まって桃、桜と花の眺め多きが中に、藤と躑躅と牡丹とは春の殿《しんがり》をなし、江戸ッ児にはなお遊ぶべき時と処とに乏しくない。
藤は遠く粕壁に赴けば花も木ぶりもよいが、近くは日比谷、芝、浅草の公園など数も少からず、しかし何処よりも先ず亀戸天神のを最とする。
ここの藤、三、五年この方は花も少く、房も短くはなったが、なお且つ冠たるを得べく、殊に名物の葛餅、よそでは喰べられぬ砂糖加減である。お土産の張子の虎や眼なし達磨、これも強ち御信心がらでないのが味なところだ。
躑躅も日比谷、清水谷とそれぞれに名はあるが、大久保なるを最とし、この躑躅大方は日比谷へ移されて若樹のみとはなったが、土地が土地だけに育ちもよく、今に名所の称を失わぬ。別けても嬉しいのは例の人形細工がなくなったことで、あんなことは江戸ッ児の弱点につけ入って何者かが始め出した一種の悪戯に由来すると思う。
牡丹は本所の四ツ目、麻布の仙花園なぞ共に指を屈すべく、花の富貴なるを愛すといいし唐人の心持ちを受けついでの物真似ではないが、芍薬の徒に艷なるより、どことなく取りすましたその姿に実は惚れたまでのことである。ただそれ惚れたまでのことである。もしそれ九谷焼の大瓶に仰山らしく活け込んで、コケおどかしをしようなぞの了見に至ってはさらさらなく、寧ろそは一輪二輪の少きを小《ささ》やかな粗瓶に投げざしせるに吾儕は趣あるをおもうものであるのだ。
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初松魚
鎌倉を活きて出でけん初松魚《はつがつお》の魚河岸についたとあれば、棒手ふりまでが気勢いにきおって、勇み肌の胸もはだけたまま、向鉢巻の景気よく、宙を飛んで市中を呼び歩く。
声にそそられて昨日うけたばかりの袷をまた典じ来て夕餉の膳を賑わすほどの者、今日も江戸ッ児は昔に変らぬのが、さても情な
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