て、眼を覚してみればもう夜。さて何も変った事なし、傷は痛む、隣のは例の大柄の五体を横たえて相変らず寂《じゃく》としたもの。
 どうも此男の事が気になる。遮莫《さもあれ》おれにしたところで、憐《いとお》しいもの可愛《かわゆい》ものを残らず振棄てて、山超え川越えて三百里を此様《こん》なバルガリヤ三|界《がい》へ来て、餓えて、凍《こご》えて、暑さに苦しんで――これが何と夢ではあるまいか? この薄福者《ふしあわせもの》の命を断ったそればかりで、こうも苦しむことか? この人殺の外に、何ぞおれは戦争の利益《たし》になった事があるか?
 人殺し、人殺の大罪人……それは何奴《なにやつ》? ああ情ない、此おれだ!
 そうそう、おれが従軍しようと思立った時、母もマリヤも止めはしなかったが、泣いたっけ。何がさて空想で眩《くら》んでいた此方《このほう》の眼にその泪《なみだ》が這入《はい》るものか、おれの心一ツで親女房に憂目《うきめ》を見するという事に其時はツイ気が付かなんだが、今となって漸《よ》う漸う眼が覚めた。
 ええ、今更お復習《さらい》しても始まらぬか。昔を今に成す由もないからな。
 しかし彼時《あのと
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