りました。ですから彼女にとっては、アッタレーアの幹にいよいよ優しくまつわりついて、一か八か試みられようとしているその幸福を、自分もどんなに愛しているか、どんなに望んでいるかということを、彼女にささやくのが関の山だったのです。
「今さら申すまでもないことですが、私たちの国はあなたのお国のように暖かでもありませんし、空も澄みきってはいませんし、また豊かな大雨が降るわけでもありません。けれど私たちの国にだって、空もあれば、太陽も風もありますわ。私たちの国には、あなたやあなたのお友だちのように、大きな葉やみごとな花をたわわにつけた、はなやかな草木は見られませんわ。けれど私たちの国にだって、松だとかもみだとかしらかばだとか、とても立派な木がはえていますわ。私は小っぽけな草ですから、とても自由なんぞ望めそうもありませんが、あなたはそんなになりも大きいし、力もおありですもの! あなたの幹は丈夫ですし、それにあと一伸びすればガラス屋根にとどくんですわ。あなたは屋根をぶち抜いて、ひろびろした天地へ出て行けるに違いありませんわ。そうしたらこの私に、大空の下は今でもやっぱり昔ながらの見事なながめかどうかを、話して聞かせて下さいね。私はそれだけで満足しますわ。」
「ねえ小さなつる草さん、お前さんはなぜ私と一緒に出て行こうと思わないの? 私の幹は丈夫でしっかりしているわ。私の幹によりかかって、ここまではいのぼっておいで。お前さんを背負って行くぐらい、私にはなんでもないんだから。」
「いいえ、とても私にはだめですわ! だってほら、私はこんなにしなびた弱い草なんですもの、つる一本だって持ちあげる力はありませんわ。いいえ、とても御一緒には参れません。あなたは一人で伸びて、幸福になって下さい。ただ一つお願いは、あなたが自由の天地へお出なすったとき、時たまはこの小っぽけな友だちのことを思い出して下さいね!」
そこでしゅろは伸びはじめました。今までも温室を参観にきた人々は、彼女のすばらしい身のたけに驚きの目をみはったものですが、その彼女がひと月ましにますます高くなって行ったのです。園長はこのめざましい伸び方を、世話がよく行き届いたせいにして、温室を経営して務めを遂行してゆく上での、自分の見識を誇るのでありました。
「まあ一つ、そのアッタレーア・プリンケプスを見て下さい」と、園長は言うのでした、「これほどよく育ったやつは、ブラジルへ行ったってめったには見られませんよ。私どもは、植物たちが温室の中にいても、野育ちの場合とまったく同様に思うさま伸びられるように、知能を傾けたものですが、私にはどうやら、多少の成功を収めたように思われますよ。」
そう言いながら、園長はさも得意そうな面もちで、ステッキをあげてその丈夫な木膚をたたいて見せるのでした。するとその音は、温室じゅうにびんびん響きわたるのでした。しゅろはこの打擲《ちょうちゃく》にたえかねて、葉をわなわなとふるわせるのでありました。おお、もしも彼女に声があったなら、どんなに物すごい忿怒《ふんぬ》の叫びを、園長は耳にしたことでありましょうか。
『あの人は、あたしがこうして伸びるのを、あの人を喜ばせるためだと思ってるんだわ』と、アッタレーアは心につぶやくのでした、『勝手にそう思うがいい!』
そして彼女は、あらん限りの樹液をひたすら伸びるために使って、根や葉にまわる樹液をまで奪いながら、ぐんぐん伸びて行きました。時おり彼女には、円天井までの距離がいっこうに縮まらないような気がするのでした。すると彼女は力いっぱいに気ばるのです。そうこうする内に、わくはだんだん近くなって、とうとう一枚の若葉が、ひやりと冷たいガラスと鉄わくにさわりました。
「ご覧よ、ご覧よ」と草木はどよめき立ちました、「とうとうとどいちまったわ! 本当にやる気なのかねえ?」
「まったくおっかないほど伸びたもんだなあ!」と、木みたいなかっこうのわらびが申しました。
「へん、伸びたが何ですかね! なんと珍妙なかっこうじゃありませんか! これこの私みたいにふとれたら、それこそ大したもんですけれどねえ!」と、ビヤだるみたいな胴をした、ふとっちょのそてつが申しました、「それにまた、ひょろ長くなったところで何になりますかね? 結局なに一つできはしませんよ。格子はがんじょうだし、ガラスは厚いんですものね。」
また一と月たちました。アッタレーアはもっと高くなって、とうとうしまいには、ぴんと鉄わくにつっぱってしまいました。もうそれ以上は伸びる場所がありません。そこで幹はしないはじめました。大きな葉のむらがり茂ったてっぺんのところは、もみくしゃになりました。わくとりの冷たい鉄棒が、柔らかな若葉の膚へくい入って、ずたずたに引き裂いたり、みじめなかっこうに押しひしゃげたりしました
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