が、しゅろはたじろぎはしませんでした。葉がどうなろうと、その身がどうなろうといっさいいとわず、ひた押しに格子を押しあげたので、さしもがんじょうに鉄で組みあげた格子も、とうとうじりじりとしないはじめました。
ちいさなつる草は、この戦いのありさまをじっと見守っていましたが、心配のあまり今にも気が遠くなりそうでした。
「ねえ、あんたそれで痛くはないこと? 鉄わくはそんなにがんじょうなんだから、いっそ引きさがった方がよくはなくって?」と、小草はしゅろにききました。
「痛いですって? 自由の天地へ出ようという一念の前に[#「一念の前に」に傍点]、痛いくらいが何ですか? 私を励ましてくれたのは、そのお前さんだったじゃないか?」と、しゅろの木は答えました。
「ええ、励ましては上げましたわ。だってそれほどむずかしいこととは、知らなかったんですもの。お気の毒で見ちゃいられませんわ。さぞ苦しいでしょうにねえ。」
「おだまり、いくじなしめ! 私に同情してなんかもらいますまい! 私はもう死ぬか自由になるか、二つに一つです!」
とそのとき、天地をふるわすような大きな音がしました。太い鉄の棒が一本はじけ飛んだのです。ガラスのかけらが、がらがらっと音をたてて天から降って来ました。かけらの一つは、ちょうどそのとき温室のそとへ出た園長の帽子に、こつんと当たりました。
「こりゃ何ごとだろう?」と園長は、きらきらと空中に散乱したガラスのかけらを見て、どきりとして大声をあげました。そして温室をはなれていっさんに庭へ駆けだすと、屋根をふり仰いで見ました。みればガラスの円屋根のうえには、ぴんと頭をもたげたしゅろの木の緑色の冠が、誇りかにそびえているではありませんか。
『たったこれだけの事か』と、そのしゅろは考えておりました、『たったこれだけの事のために、私はあんなに長いあいだ、つらい苦しい思いをしたのかしら? これんばかりの物を手に入れるのが、私にとっての最高の目的だったのかしら?』
もう秋も深くなっておりました。そのころになってアッタレーアは、やっとあいた穴からぐいと頭をつき出したのです。みぞれまじりの氷雨《ひさめ》が、しとしとと降っておりました。身を切るような北風が、ちぎれちぎれの灰色の雨雲をひくくはわせておりました。まるでその雲が両手をひろげて、抱きついて来るような気がしました。木々はもうすっかり葉を振り落として、なんだかみっともない死人のような姿をしておりました。松ともみの木だけは、暗い緑色の針葉をつけておりました。そうした木々が、陰気なまなざしでしゅろをながめているのでした。『凍え死んじまうぞ!』と、木々は彼女に言っているようでした、『お前は北国の寒さがどんなものだか、知りはしないのだ。お前はとても辛抱はできまいよ。せっかく温室にいたものを、なんだってまた出て来たんだ!』
そこでアッタレーアは初めて、とり返しのつかない事をしてしまったと悟りました。彼女は凍えそうに寒かったのです。また屋根の下へ帰ってはどうでしょう? けれど今となっては、もはや帰るすべもないのです。彼女は寒い風の吹きすさぶなかにたたずんだまま、どっと押しよせる風の重さや、ひりひりと膚《はだえ》をかすめる粉雪の痛さをじっと忍びながら、きたならしい色をした空や、みすぼらしい北国の自然や、植物園のむさくるしい裏庭や、さ霧のかなたに見えがくれする単調な大都会のたたずまいやを、ながめていなければならないのです。下界の温室のなかで、人間たちが自分のあと始末を相談しているあいだ、そうして待っていなければならないのです。
園長はしゅろの木をのこぎりでひいてしまえと言いつけました。『あの上にもうひとつ別の円屋根を建て増してもいいが』と、園長は申しました、『だがそれも長いことはあるまい。あの木はまた伸びて行って、やっぱりこわしてしまうだろうよ。それにまた建て増すとなれば、お金もどっさりかかるからなあ。面倒だ、ひいてしまえ。』
しゅろは太い綱で縛りあげられました。倒れるとき温室の壁をこわさないための用心でした。そしてすぐ根元のところから、のこぎりでひかれてしまいました。その幹に巻きついていたあの小さなつる草は、どうしても友だちと離れたがらなかったので、やっぱり一緒にのこぎりの歯にかかってしまいました。やがてしゅろが温室からひき出されたとき、あとに残った切株のうえには、のこぎりの歯に引きちぎられ、ずたずたになったつる草の茎や葉が、みだれ伏しておりました。
「このろくでなしも引っこ抜いて、捨ててしまうんだ」と、園長は申しました、「もう黄色っぽくなっているし、それにのこぎりの歯でひどくいたんでしまった。ここには何かほかの草を植えようよ。」
園丁の一人が手ぎわよく根もとへくわを入れて、一とかかえもあるつる草をぐ
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