ってしまいます。風はほえたけって、鉄のわくにつき当たり、びりびりとふるわせるのでありました。屋根には雪の吹きだまりがかぶさってしまいます。草木はたたずんだまま、ほえたける風の音に耳を澄ましては、自分たちに生気と健康を吹きこんでくれる、これとは違って暖かい、しっとりとぬれた風のことを思い出すのでした。するとまたあの風の息吹きに触れてみたくなるのでした。あの風に自分たちの枝をそよがせ、自分たちの葉をさらさらいわせて見たくなるのでした。ところがこの温室のなかの空気ときたら、ひそりともしないのです。もっとも時たま冬のあらしがガラスを吹きやぶって、霧氷をいっぱいに含んだ身を切るような冷気が、円天井の下へどっと流れ込むときは別でしたが。その冷気の流れに打たれたら最後、葉は色つやをなくして、縮みあがってしおれてしまうのでした。
けれど割れたガラスはいち早くとり換えられるのでした。この植物園の園長さんは立派な学者で、温室の本館のなかに別に設けてあるガラス張りの研究室にとじこもって、顕微鏡を相手に自分の時間のあらかたを過ごすのが常でしたが、さりとて温室のなかを乱雑にして置くことはいっさいゆるさなかったのです。
植物たちのなかには一本のしゅろがあって、背たけも一ばん高く、美しさもひときわ立ちまさっておりました。研究室にすわっている園長は、この木をラテン語でアッタレーアと名づけていました。しかしこれは彼女が生まれ故郷で呼ばれていた名ではなくて、植物学者が考えだした名でありました。産地でついていた名を植物学者は知りませんでしたので、しゅろの幹のところに打ちつけてある白い板には、その名は墨で書いてはありませんでした。あるときそのしゅろの木の育った暑い国からはるばる海をわたって来た旅人が、植物園の参観に来たことがありました。その旅人は彼女を見かけるとにっこり笑いました。故郷のことが思い出されたからでありました。
「おや!」と旅人は言いました、「私はこの木を知っている。」――そうして産地にいたころの彼女の名を呼びました。
「失礼ですが」と、ちょうどそのとき何かの草の茎を、一心にメスの刃で切りこまざいていた園長が、例の研究室のなかから呼びかけました、「あなたは思い違いをしておいでです。今あなたがおっしゃったような木なんか、この世の中にありはしません。それはブラジル産で、アッタレーア・プリンケプ
前へ
次へ
全11ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ガールシン フセヴォロド・ミハイロヴィチ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング