多く神を懼れたる者である、「活ける神の手に陥るは恐るべき事なり」とは彼等共通の信念であった、彼等がイエスを救主として仰いだのは此世の救主、即ち社会の改良者、家庭の清洗者、思想の高上者として仰いだのではない。殊に来らんとする神の[#「殊に来らんとする神の」に傍点]震怒《いかり》の日に於ける彼等の仲保者又救出者として仰いだのである[#「の日に於ける彼等の仲保者又救出者として仰いだのである」に傍点]、「千世経し磐よ我を匿せよ」との信者の叫《さけび》は殊に審判《さばき》の日に於て発せらるべきものである、而して此観念が強くありしが故に彼等の説教に力があったのである。方伯《つかさ》ペリクス其妻デルシラと共に一日パウロを召してキリストを信ずるの道を聴く、時に
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パウロ公義と樽節と来らんとする審判[#「来らんとする審判」に傍点]とを論ぜしかばペリクス懼れて答えけるは汝|姑《しばら》く退け、我れ便時《よきとき》を得ば再び汝を召さん、
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とある(行伝二十四章二十四節以下)、而して今時《いま》の説教師、其新神学者高等批評家、其政治的監督牧師伝道師等に無き者は方伯等を懼れしむるに足るの来らんとする審判[#「来らんとする審判」に傍点]に就ての説教である、彼等は忠君を説く、愛国を説く、社交を説く、慈善を説く、廓清を説く、人類の進歩を説く、世界の平和を説く、然れども来らんとする審判[#「来らんとする審判」に傍点]を説かない、彼等は聖書聖書と云うと雖も聖書を説くに非ずして、聖書を使うて[#「聖書を使うて」に傍点]自己の主張を説くのである、願くば余も亦彼等の一人として存《のこ》ることなく、神の道を混《みだ》さず真理を顕わし明かに聖書の示す所を説かんことを、即ち余の説く所の明に来世的ならんことを、主の懼るべきを知り、活ける神の手に陥るの懼るべきを知り、迷信を以て嘲けらるるに拘わらず、今日と云う今日、大胆に、明白に、主の和らぎの福音を説かんことを(哥林多後書五章十八節以下)。



底本:「日本の名随筆 別巻100 聖書」作品社
   1999(平成11)年6月25日第1刷発行
底本の親本:「聖書之研究」
   1916(大正5)年11月号
※「棉羊」と「綿羊」の混在は、底本の通りです。
入力:加藤恭子
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年5月3日作成
青空
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