《でき》るだけ彼女の話しっ振《ぷ》りをそのまま伝《つた》えることにしよう。これがまた素敵《すてき》なのである。


   学校

 誰《だれ》がなんといっても、ジャンセエニュ先生《せんせい》の学校《がっこう》は、世界中《せかいじゅう》にある女の子の学校《がっこう》のうちで一番いい学校《がっこう》です。そうじゃないなんて思《おも》ったり、いったりする者《もの》があったら、それこそ神様を敬《うやま》わないで、人の悪口《わるくち》をいう人だといってやります。ジャンセエニュ先生《せんせい》の生徒《せいと》はみんなおとなしくて、勉強家《べんきょうか》です。ですから、この小さな人たちがじっとお行儀《ぎょうぎ》よくしているところは、見ていてこんないい気持《きもち》のことはありません。ちょうど、それだけの数《すう》の小さな壜《びん》が並《なら》んでいるようで、ジャンセエニュ先生《せんせい》は、その壜《びん》の一つ一つへ学問という葡萄酒《ぶどうしゅ》をつぎ込《こ》んでいらっしゃるのだという気《き》がします。
 ジャンセエニュ先生《せんせい》は高い椅子《いす》に姿勢《しせい》を真直《まっすぐ》にして腰掛《こしか》けていらっしゃいます。厳格《げんかく》ですけれど、優《やさ》しい先生《せんせい》です。髪《かみ》はひっつめに結《ゆ》って、黒《くろ》の肩《かた》マントをしていらっしゃる、もうそれだけで、先生《せんせい》を敬《うやま》う気持《きもち》がおこると一しょに、先生《せんせい》がどことなく好《す》きになるのです。
 ジャンセエニュ先生《せんせい》は、なんでもよくお出来《でき》になるのですが、この小さな生徒《せいと》たちに先《ま》ず計算《けいさん》の仕方《しかた》をお教《おし》えになります。先生《せんせい》はローズ・ブノワさんにこうおっしゃいます。
[#挿絵(fig46819_02.png)入る]
「ローズ・ブノワさん、十二から四つ引《ひ》いたら、幾《いく》つ残《のこ》りますか。」
「四つ。」と、ローズ・ブノワさんは答《こた》えます。
 ジャンセエニュ先生《せんせい》はこの答《こたえ》ではお気《き》に入《い》りません。
「じゃ、あなたは、エムリーヌ・カペルさん、十二から四つ引《ひ》いたら、幾《いく》つ残《のこ》りますか。」
「八つ。」と、エムリーヌ・カペルさんは答《こた》えます。
 そこで、ローズ・ブノワさんはすっかり考《かんが》え込《こ》んでしまいます。ジャンセエニュ先生《せんせい》のところに八つ残《のこ》っているということはわかっていますが、それが八つの帽子《ぼうし》か、八つのハンケチか、それとも、八つの林檎《りんご》か、八つのペンかということがわからないのです。もうずいぶん前《まえ》から、そこのところがわからないで頭《あたま》を悩《なや》ましていたのでした。六の六|倍《ばい》は三十六だといわれても、それは三十六の椅子《いす》なのか、三十六の胡桃《くるみ》なのかわからないのです。ですから、算術《さんじゅつ》はちっともわかりません。
 反対《はんたい》に、聖書《せいしょ》のお話は大変《たいへん》よく知っています。ジャンセエニュ先生《せんせい》の生徒《せいと》のうちでも、地上《ちじょう》の楽園《らくえん》とノアの方舟《はこぶね》の事《こと》をローズ・ブノワさんのように上手《じょうず》にお話しできる生徒《せいと》は一人もいません。ローズ・ブノワさんは、その楽園《らくえん》にある花の名前《なまえ》を全部《ぜんぶ》と、その方舟《はこぶね》に乗《の》っていた獣《けもの》の名前を全部|知《し》っています。それから、ジャンセエニュ先生《せんせい》と同じ数だけのお伽話《とぎばなし》を知っています。鴉《からす》と狐《きつね》の問答《もんどう》、驢馬《ろば》と小犬の問答、雄鶏《おんどり》と雌鶏《めんどり》の問答などを残《のこ》らず知っています。動物《どうぶつ》も昔《むかし》は口をきいたということを人《ひと》から聞《き》いても、ローズ・ブノワさんはちっとも驚《おどろ》きません。動物《どうぶつ》が今ではもう口《くち》をきかないなんていう人《ひと》があったら、かえって驚いたでしょう。ローズ・ブノワさんには、自分《じぶん》の家の大きな犬《いぬ》のトムと小《ちい》さなカナリヤのキュイップの言葉《ことば》がちゃんとわかるのです。実際《じっさい》、それはローズ・ブノワさんの思《おも》っている通りです。動物《どうぶつ》はいつの時代《じだい》にも口をききましたし、今《いま》でもまだ口をきくのです。しかし、鳥《とり》や獣《けもの》は自分のお友だちにしか口をききません。ローズ・ブノワさんは動物《どうぶつ》が好《す》きで、動物《どうぶつ》の方でもローズ・ブノワさんが好《す》きです。だからこそ
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