、私の眼からは熱いものが流れた。
 しかも大きい牛の體は、更に大きい蒸汽氣罐の怪物の影に隱れて、乾いた長い路を、白い沙塵をあげながら、鋸の齒形のやうに、ギクギクと刻むでいつた。
 あの努力! あの努力!
 私は其處に人が見てゐなかつたら面を掩ふて泣いたろう。そして私は心の中でいつた。
 安價なセンチメントだと嗤はないで下さい※[#感嘆符二つ、1−8−75] 古くさい譬喩だと冷笑しないで下さい!
 人々は、兄弟は、自分は、牛は牛方の男は、今皆苦しみ惱み、默々と喘いでゐる……。
 人々も牛を見送つてしまふと、皆いひ合はしたやうにホツとして汗を拭いて、堰を切つたやうに急坂をなだれおちた。
 私は人知れず、交番のプラタアヌの影で洋傘を翳して、自分の泣蟲を耻ぢながら涙を拭いた。

[#3字下げ]女と赤ん坊[#「女と赤ん坊」は中見出し]

 ある日の午後、貧民窟といつてもいゝやうな、ある場末の乾うどんやの前で、私は若い女の人と話しあつてゐた。
 その婦人の負ぶつてゐる赤ン坊は、この暑中に、赤い綿ネルのボタボタを着て、小さい手を私の方へ差し伸べ、パラソルの柄を堅く握つて放さなかつた。
 私の顏と傘と
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