梁上の足
若杉鳥子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)調帶《ベルト》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ちやあや[#「ちやあや」に傍点]
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 晝間、街から持つて來た昂奮が、夜中私を睡らせなかつた。
 おまけに、腦天を紛碎しさうな鋲締機の足踏みが、間斷なく私の妄想の伴奏をした。

 私が、骨組み許りのビルヂングの作業場の前を通りかゝると、其處には今しがた何か異變でもあつたと見えて、夥しい人間が集まつて急しく動作してゐた。多分檢屍官でゞもあろう白い服を被た役人と巡査とを乘せたオートバイが、その前に止まると、今迄梁の上に上つてゐた黒い人影は、蜘蛛の子のやうに散つてしまつた。
 すると、鐵骨と鐵骨との間に架した横木の上に、一人の勞働者らしい人間が横たはつてゐる。往來の方へは蹠を向けてゐるので、その脛に捲きついた黒つぽい股引きの他は何も見る事は出來なかつた。
 群衆は、殘照に彩られたビルヂングを見上げながら、屍體の引き下ろされるのを待つてゐた。
「あの男は、獨り者なんですかい?」
「もう相當の年配らしいですよ。親も妻子もあるでせうが
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