なあ」
「どういふもんでせうな斯んな場合は、會社の方から、幾分遺族の扶助料でも出すもんでせうかなあ‥‥‥」
「いゝやあ‥‥‥さういふ事は先ず絶對にないといつていゝでせうな、感電なんてかういふ場合は、大てい震死者それ自身の過失が多いですからね」
「よくよく運の惡い廻り合せです、もう三十分も無事なら、あの男は仕事をすませて、元氣な顏で彼處を降りて歸つていつたんですがな‥‥‥」
「實際ですよ。」
 私はこの突發事件が何であろうかを知る爲に熱心に群衆の會話を聽いてゐた。
 さうしてゐる中に、私は必ず何處かで、これと同樣の事件、寸分違はない出來事に遭遇した事があるやうに思へて來た。
 何處かで! 確に何處かで! 遠い過去だつたか、夢の中にだつたか‥‥‥
 然しそれは私の混迷でも錯覺でもない。
 鐵骨の上に横へられた足、あれは昔若かつた父の、農村から都會へと、勞働と幸福を[#底本では「農村から都會へ勞働へと幸福を」と誤記]求めていつた、煉獄の姿としての、私の心の壁畫だつたから‥‥‥

 私は眠つてゐるのか覺めてゐるのか?
 頭の上で鋲締機が鳴りつゞける。
 鉛色の蹠が二つ、私の網膜に貼りついてゐる
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