棄てゝ何處かへ行つてしまつたといふ噂が街中に擴がつた。
 私は祖母に遇ひたくても、彼の家とは往來を禁じられてゐて、どう脱け出してゆく事もできなかつた。それは皆彼の家が餘り貧乏な故にだつた。
 私は毎日、彼の家の頭上にある、[#底本では「、」は「。」と誤記]淨土寺の公孫樹に夕陽の蒼ざめてゆくのを、野の彼方から眺めてゐた。

 祖母はやつぱり病氣だつた。
 もう長い事寢てゐたのだ。暗い空家のやうな家の中に空虚な眼をあけて寢てゐた。
「淋しかあないのかえお婆さん。」
 祖母は無表情で首を動かした。
 そして、水を貰ひたいといふ意味の事を、やつと私は聽きとつた。
 小さな茶碗に、私は井戸から水を汲んで來て飮ませると、祖母は滿足さうに眼を瞑ぢて見せた。
 その日から二三日の後に祖母は死んだ。
 子供の騷々しく遊んでゐる中で、壁の方を向いたきり、それなり死んでしまつた。
 私はたゞ切り倒された枯木のやうに横たはつてゐる屍骸を見たばかりだつた。

 葬式の日に子供等の母は、何處からか歸つて來た。
 口紅を眞ッ赤につけて、大きいお腹をして歸つて來た。尤も彼女のは地腹だつたかも知れない。何時も骨盤の上で
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