帰ってゆくと、職場で喀血してから、仰臥したきりの兄は、久しぶりに妹を見て、壁のような頬にサッと血を上せた。しかし何もいわなかった。
 そしてある日、彼は前と別人のような素直さでみを子に話しかけた。
「あの、何といったッけねあの人は、そうだ山崎といったね。あの人は今、どうしているんでい?今度は一ペんも訪ねて来ない。」
「あの人やられました」
「そうか――」
「多分もう、市ヶ谷へ廻った時分でしょう。」
「やっぱりああいう人が男だ! 俺なんかこうして患っているうちに馘だ。どう足掻《あが》いたって仕方がない。こうして死ぬのを待ってるようなもんだ。」
 壁の方へ伸ばした長い足は、掛け蒲団[#底本では「薄団」と誤記]の上からでも痛々しく骨ばって見えた。

 帰って来て半月ばかり経ったある日、また、みを子は「ちょっとそこまで――」といって出たきり帰らなかった。夜になっても帰らない。
 母親は前のこともあるので、泣かないばかりに胸をすぼめて考え込んでしまった。
 何か書き遺してでも行きはしないか――彼女はみを子の持ちものの間を捜し廻った。
 何もなかった。ただ一通、ノートの間に手紙が挟まっていた。黄色
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