うに警察の門を入って行ったが、係の者がいないといって拒絶された。それから彼女は、毎日のようにY署へ行った。特高に何百遍も頭を下げた。
 そしてある日の夕方――母親はやっと娘を引き渡して貰った。
「みを子――」
 蝋のように蒼ざめ、透き徹った娘の顔を見ると、彼女はただ胸が一ぱいになった。
 もう袷を着る季節だのに、みを子はまだ、家を出る時に着ていた絣の単衣を着たままだった。母親は風呂敷の中から羽織を出して着せた。
 みを子は母親の肩に掴まって、危ぶない足許《あしもと》を踏みしめて、警察の段々を降りた。外に出ても母親はハンカチを眼頭に宛てて泣いていた。
「ナニ泣いてんの、母さん――」
 みを子は横眼で鋭く母親を見ていった。
「先刻《さっき》からみっともないったらありゃしない。私は何も警察へなんか母さんに頭を下げて貰うような、悪いことをしたんじゃないんですよ。」
 母親にとっては、それが二ケ月めでやっと逢うことのできた娘の、最初にかけてくれた言葉なのだった。
『娘も変わってしまった――』と彼女は思った。しかし、そういうみを子の気持ちもよく解らないのではなかった。

 母親がみを子を連れて家へ
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