りでなく、職工であって、同時に月給取りである彼は、青年労働者の生活がどうすればよくなる――なんて、初歩的なことすら少しも考えはしなかった。しかし、それでいながら彼は、ブル新聞に現れた左翼の運動の記事を熱心に読む、そして無暗に受け入れて兎や角いう。
「山崎って、どんな男か知らないがね、お前たちみたいな女事務員や、百貨店の売子なんていう街頭分子なんて組織して一体どうしようていうんだい……」
 その晩もとうとうまた彼は始めた。
 みを子は兄が山崎のことをいってる間は、黙ってる方がいい――と思っていた。しかし話が組合のことに触れてくると、もう黙ってはいられなくなったのだ。
「何故そんな訳の解らないことをいうの兄さん――私たちは、ちゃんと職場を持っているんですよ。」
 みを子は兄の僭越と無理解とに腹が立った。
「兄さんこそ、兄さんこそ、大きい工場に働いていながら独りぼっちで、向こうのいうなり次第になってるじゃないの、長い長い見習期間を、少しばかりの月給貰って、くる日もくる日も唐草ばかり彫って……」
 みを子が唐草というのは、紙幣の図案の一部分のことだった。
「――私たち生活をよくするには、ただ一
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