に腹が立って仕方がなかった。
 夕方、親子三人は気まずく食卓を囲んで向かいあっていたが、その時そっと格子が開いた。
「また、誰か来たようだぜ。」
 兄は耳さとくいって箸を置いた。
「そうかい――」
 母親はみを子にそっと眼くばせをした。
 みを子は前掛けを口にあてて、そそくさと立って行った。母親が聴き耳を立てていると、みを子は下駄を突っかけて外へ出たようだった。そして十分程経ってから戻って来た。母親にはその十分がひどく長く感じられた。
「あの山崎とかって人かえ?」
 母親はその青年が始めて訪ねて来た時名を覚えていた。
「ん……」
 みを子は下を向いて頷いた。すると、今度は兄がきいた。
「その山崎って奴、何だい?」
 みを子が黙っていると、露骨に憎悪を漲《みなぎ》らして、
「そいつがその…………お前たちの指導者だっていうんかね。」
 わざと冷笑的にいった。
 みを子はムッとしたが黙っていた。
 兄はある製作所の木版工の中から、優秀な技術者として抜擢され、現在では印刷局の鐫工《せんこう》に雇われている。従って、この名人気質をぶらさげている彼と、みを子はどうしてもうまく行かなかった。そればか
前へ 次へ
全17ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若杉 鳥子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング