は、山崎二郎の分もきっとあるに違いない! と思った。
彼女は息子に死なれてから、妙に山崎のことを考えた。
「あれは何です? あれは?」
彼女は先刻から大きい疑問としていた隅ッこの棚の前へ立って行った。
棚は五段になっていた。一人分ずつ帽子と着物とが括ってあった。
中折れと洋服、鳥打ちと紺絣、青服と鳥打、詰襟、立縞、スプリングコートまである。
学生、労働者、小商人、そこには皆の脱ぎ棄てた、男の雑多な服装があった。
彼女は皹《ひび》だらけな大きい手で、一つ一つ撫で廻して見た。――捕る時まで体を包んでいたその着物には、まだ皆の熱い血が、ほとぼりを残しているようにさえ思えるのだ。
春、夏、秋、冬、白い夏服、綿入、外套、帽子がその検挙の季節をさえ、まざまざと語っていた。
「これ、みんな、引き取り人のない人のですか?」
彼女は鼻をつまらせてきいた。
「ええそうです。親も兄弟もない独り者で、入ってからただ一度の差入れもない人も沢山あるのです。それからまた立派な家があっても、この運動に入るためには、肉親と縁を切った人も沢山あるんです。」
――それはみんな、息子であり娘であり、一筋の血
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