って見ろ。この生活は誰が背負うんだ――息子はよく口癖にそういって、自分や娘にあたった。だが、全くあれには青年らしい日が一日もなく死んでしまった――そのことを母親は一番辛く考えた。
 しかし長い間の病人を見送って、彼女は今始めて、台所と子育てとの不生産的な生活から解き放たれたような気がした。

 市ヶ谷富久町は、古い細かい家のごたごたした街だった。池田という家は人にきいても解らなかった。彼女は一時間もまごついた末、やっと曲がりくねった小路の突き当たりに、その家を発見した。
「池田さんはこちらですか?」
 格子を入って、内部の様子を見た。どうも普通の家らしくない――と思った。
 本や、椅子や、卓子《テーブル》がごたごたと置き並べてある。医者にしては薬品のようなものもないようだし、雑誌社にしては汚らしいし、ハテ、それとも夜学の先生の処かしら――と思いながら、不安な気持ちで彼女は立っていた。
 そこへ色の浅黒い眼鏡をかけた女が顔を出して、いった。
「どなたの、御家族の方ですか?」
「池田まささんという人に会いたいんですが――私は、青木の、青木みをの母です。」
「池田さん――」
 眼鏡の女は奥の
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