――それを見つめていると、母親は肌寒いものが背筋を走るのだった。複雑をきわめた線と線との間に、息子の命が日々に少しずつ磨滅してゆくのを、眼の前に見せられる気がした。
「お母さん――俺は永いこと苦労をかけたナ。」
 ある時、彼は床の上に半身を起こして、自分の手や足を眺めていった。
「俺が死んだら、お母さんはどうする?」
「どうするって、癒ってくれなくちゃ困るじゃないか。」
「どんなことしても、みを子を捜し出さなくちゃいけないよ。ほら、この前、みを子が警察にいたのを知らしてくれた人、あの人に会ってきいてみたら解る。あの人の手紙、ちゃんと、とってあるだろうね?」
「市ヶ谷富久町×××番地とある。名前は池田まさ――と書いてあるよ。」
 そのあくる朝だった。母親が湯たんぽ[#底本では「湯たんぼ」と誤記]をとりかえるために、病人の足に触ったら、しんしんと冷めたくなっていた。揺り起こして見たが返事もしなかった。
 息子はとうとう壁の方を向いて、知らないうちに絶息していた。
 ふだんから偏屈な独りぼっちの男だったので、友人一人|悼《いた》みに来なかった。また知らしてやる処もなかった。
 俺が馘にでもな
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