んのやうに皆《みな》さんにもうお訣《わか》れです、でもね私《わたし》は今《いま》、大《おほ》きな大《おほ》きな丘陵《きうりよう》のやうに、安心《あんしん》して横《よこ》たはつてゐますのよ。』
夫人《ふじん》も涙《なみだ》の眼《め》で頷《うなづ》いた。
それが彼女《かのぢよ》の最期《さいご》の言葉《ことば》だつた。
證明書《しようめいしよ》とか、寄留屆《きりうとゞけ》とか、入院料《にふゐんれう》とか、さうした鎖《くさり》に取《と》り卷《ま》かれてゐる事《こと》を、彼女《かのぢよ》は少《すこ》しも知《し》らなかつたのである。
幾回《いくくわい》ものカンフル注射《ちうしや》が施《ほどこ》されて、皆《みな》は彼女《かのぢよ》の身内《みうち》の者《もの》が、一人《ひとり》でも來《き》てくれる事《こと》を待《ま》ち望《のぞ》んでゐたが、電報《でんぱう》を打《う》つたにも拘《かゝは》らず、誰一人《たれひとり》、たうとう來《こ》なかつた。
秋《あき》の日《ひ》が暮《く》れた。彼女《かのぢよ》の屍體《したい》は白布《しろぬの》に掩《おほ》はれて、その夜《よ》屍室《ししつ》に搬《はこ》ばれた。
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