つてゐた。男《をとこ》は激《はげ》しく何《なに》かいひながら、搖《ゆ》すぶるやうに女《をんな》の肩《かた》を幾度《いくど》も小突《こづ》いた。
『いえ、私《わたし》はあなたが何《なん》と仰有《おつしや》つても、あなたに隨《つ》いてゆくのです。それより他《ほか》に私《わたし》の行《ゆ》くみちはないんです。』
 女《をんな》は嶮《けは》しい男《をとこ》の眼《め》を眼鏡《めがね》の中《なか》に見《み》つめながらいふのだつた。
『馬鹿《ばか》なツ、隨《つ》いてゆくつたつて、何處《どこ》へ行《ゆ》くといふんです。』
『何處《どこ》までゝも――けれど、それがもしあなたの御迷惑《ごめいわく》になるとでも仰有《おつしや》るなら、私《わたし》は此處《ここ》でお訣《わか》れします。でも、家《うち》へはもう歸《かへ》らない覺悟《かくご》です。』
 女《をんな》は少《すこ》し冷《ひや》やかにいひ放《はな》つと、蒼《あを》ざめて俯向《うつむ》いた。二人《ふたり》の間《あひだ》に、暫《しばら》く沈默《ちんもく》が續《つゞ》いた。
 默《だま》つて女《をんな》を凝視《ぎようし》してゐた男《をとこ》は、前《まへ》とは
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