も風の日にも、私は社から疲れて帰って、かじかんだ手で鍵を開けて、真っ暗い家の中に入り、ランプを灯して、此度は火を起こしにかかるのです。馴れない為に幾ら起こしても消えて了う。終には自棄《やけ》になって、石油をかけて火をつける、随分危険な乱暴な事をしたものです。
 そんなに迄しましたが、遂に勉強の暇は得られませんでした。
 下男は口癖のように、お嬢さんはお可哀想だと云っていましたが、遂に見兼ねてか私の生活の状態を、郷里の家へ知らせてやったと見えて、それから充分に金子《かね》も送ってくれましたし、衣服等も汚れれば直ぐ郷里へ送り返すと、新しい着替えを送ってくれるというようになりました。衣服の汚れる事、いたむ事は、それはそれは甚だしいので、母に始末をたのむのが気の毒のようで御座います。
 然うなって来ると、丁度空腹の人が食を得て眠くなるように、却って身の為になりません。その後|逐《と》うとう惰弱に流れ、虚栄は募る、物質欲が増長して、安逸許りを求めて、自己の修養などは、とんと忘れて了いました。
 洗濯物すら素人の手では気持ち悪く、貴婦人達にはお友達が出来る。高価、月給の一割もするクリームが塗りたく、男のお友達も出来たりして、一時私は全く虚栄を夢見て、軽佻浮薄な日を送りましたね。
 けれどもその後幾変遷、私という女は又当時の人と変わりました。
 要するに、新聞記者雑誌記者は、幾ら文明になって来たと云っても、今の日本では婦人に困難な仕事で御座いますね。第一服装からして不便な事はお話になりません。米国あたりは知らぬ事、いまの日本の社会は幾十年、婦人が新聞界で奮闘して見たところで、苦しい経験を山のように積んだ処で、相当の地位を与えてくれる見込みは到底ありません。
 私の初めの大理想は何処へやら消滅して、元気なく丁度、一旦泥水に浸みた女が、足を洗えずにもがいているようなもので、矢ッ張り相変わらずの日を過ごして居ります。
 それでも『婦人は実力以上に買われる』という余徳あるが為で御座いましょう。
 然し実力以上に買われるとは、何たる侮辱された言葉でしょう。決してそれを潔しとは致しませぬ。

 要するに婦人の職業と云うことは、まだまだ範囲が狭いのみならず、殊に筆を持って立とうとなさる方は、なお更生活の途の苦しいと云うことを覚悟して、陣頭に立たれたいと思います。

注:(1)桜井女学校長



底本:「空にむかひて」武蔵野書房
   2001年1月21日初版第1刷
底本の親本:「女子文壇」第7年3号、女子文壇社
   1911(明治44)年2月発行
入力:林 幸雄
校正:小林 徹
2001年3月19日公開
青空文庫作成ファイル:
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