ない事でも話すやうに、胸へ溜つてくる襟を、時々首を突き出して上へしごいてぬきえもんを作つた。
 その動作が、商賣をした人間の一生ぬけ切れない嬌態であるやうに厭味だつた。
 そんな時私が默つて赤ん坊を見つめてゐると、彼女はさつさと歸つて行つた。
 そして忘れた時分にふらりとやつて來た。
 一度など、風呂敷包みを抱へて入つて來た。中から竹の皮づつみを出した。
「あなたのお好きなものを買つて來ましたよ」さういつて皮を開くのを見ると、鮪のおすしが累々と四人や五人で食べ切れない程入つてゐた。處分に困つてゐると、
「あなたは此間お好きだといつたではありませんか」
 顏中腫れぼつたくして彼女は怒つた。
 その頃から私はやつと彼女に異常を認め出した。
 ある日、「今日こそは永のお袂れに上りました」
 さういつて爪さぐるやうな足許をして上つて來た。眼の惡い彼女を見ると、すつかり髮を切つて坊主頭になつてゐた。
「永のお袂れなんて、まあどうしようといふんです」
「これから私は汽車賃のある處まで行きます、多分、京都あたりまでゆけるでせう、それから先は何處といふ事もなく歩いて見たいと思ふのです」
「だつて生活はどうするのです」
「何か賣つても好いし……」
「行商なんて小母さんにそんな事できるもんですか」
「いゝえ大丈夫ですよ、乞食をしたつて構ひはしないんですから」
「駄目、駄目、若い人ぢやあるまいし」
「なあに、だい丈夫」
 お房さんは娘のやうな嬌態を作つて、反抗的に自信ありさうな顏をして見せた。
「ほんとにね、小母さん、あんまり無謀な事は、なさらないでねえ」
 私はしみじみとしていつた。
 彼女はその新しい漂泊の旅といふ思ひ立ちによつて、何か血路を開かうと考へるらしかつた。止めても止まりさうもないやうな熱情を見せて、そゝくさと外へ出ていつた。孤立した墓標のやうに、その青い襟髮の剃り痕を、私は立つて見送つたのだつた。
 外には鋭い初冬の風が吹いてゐた。

 ある日、小包が屆いた。差出人の名がなかつた。開けて見ると、それはみんな手紙の反古だつた。封筒にも何にも入れずに、一束に括つてあつた。テープを切つて中を讀んで見ると、そのどれにも一々、片山とし子樣と私の名が書いてあつて、どうも差出人はお房さんに違ひないと思つた。
 それは一々私宛ての手紙體に卷紙に書いた、日記のやうなものだつた。どれにも殆ん
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