つくりと頷いた。空虚な顏つきをしてゐた。
縋つてくる者を突き放したやうに、私は寂しかつたが、どうともしやうがなかつた。
「妹の處へ歸るのは、しみじみ私は厭なんです、それよか一層、派出婦人會にでも入つて働いて見ようかと思ふんです」
その夕方新聞の廣告欄を見てゐた彼女は急にこんなことをいひ出した。
「でも、それはあなたに骨が折れ過ぎはしないでせうか」
一人の女の生涯が、玄翁か何かで粉碎されたやうに私は感じた。しかし他によい方法があるではなし、極力それを止めさせるだけの強い事もいへなかつた。
午後、小さい風呂敷包を持つて出て行く、お房さんの後姿を默つて私は見送つた。
一週間ばかりすると、お房さんはやつて來た。相變らず漬け梅のやうな赤い顏をしてゐた。
「會長さんといふのは、まだ若い方でしたが、なかなか物事の解るらしい落ちついた方でして、それに私はいつたんですよ、片山とし子樣の御紹介ですつて」
「えツ、何故そんな事をいつたんです」
「片山とし子樣、片山とし子樣つて……」
私は少し妙だなあと思つた。片山とし子等といつたつて、こんな裏街に赤ん坊と二人で暮してゐる、下級サラリーマンの妻でしかない自分を、有力この上もない紹介者などゝ思ひ込んでゐる彼女の常識を、疑はないわけにはゆかなかつた。勿論新聞廣告をする派出婦會だから、紹介者も何も必要なわけはないんだ。
「骨が折れませうね、小母さん――」
自分にもその責任[#「任」は底本では「仕」と誤記]を感じながら私はいつた。
「えゝ、頼む程の家でしたら、入つて行くともう、洗濯物が山のやうに出してあるんですよ」
私は彼女の手を見てゐた。骨組みの頑丈な手をしてゐた。それによつて、幾らか氣持ちが輕くさせられた。
「かうして毎日方々歩いてゐますと、隨分妙な事にぶつかるもんですね」
「それはさうです。いろんな家庭がありませうからね」
「いゝえね、あなた、愕いちまふやうな恐い事に出つくわしたんです」
「どうしたんですの、恐いことつて」
「私はもう派出婦なんて商賣は止めてしまはうかと思ふんです、どうもあんな事に出會つて見ると堪らなく心配になつて來たんです。それがねあなた、妻君に死なれて子供と二人でゐる人の處にやられたんです。どうも男といふものは全く油斷も何も出來るものぢやありません」
もう五十に手の屆きさうなお房さんは、何か面白くて堪ら
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