雨の回想
若杉鳥子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)随《つ》いて
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)何時|霽《は》れる
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、底本のページと行数)
(例)[#「※」は「めへん+爭」、第3水準1−88−85、226−11]
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ゆうべからの雨はとうとう勢いを増して、ひる頃から土砂降りになった。樹の葉は青々と乱れ、室内の物影には、蒼黒い陰影がよどむ。
私は窓から、野一面白い花でうごめいている鉄道草の上に、雨のしぶくのを見ていたが、私はいつか知らない土地で、何時|霽《は》れる[#底本では「霽《はれ》れる」と誤記]とも知れぬ長雨にあって、やはりこうして降る雨をみつめていた、子供の時の気持ちを思い出した。
それは何処の土地だか知れないが、向こうの神社の杜の中から、お神楽の太鼓が響いて、時々子供達の騒ぐ声が、波のようにきこえて来た。向こうの藁葺屋根の暗い軒端に、祭礼と書いた赤い万灯が立て掛けてあって、それが雨に濡れて字が滲み、ぽたぽたと赤い雫を落としていた。私は何ともいえない、うら悲しい気持ちで、その百姓家の窓から、これらの風物を見つめていたのだった。だが、「もう帰ろうよゥ」ともいい出せない、せっぱ詰まった事情でそこに雨宿りしているということは、子供ながらに知っていた。そして帰りたいのを凝と堪えていたのだった。
それは多分、私の里子にやられていた家の親達が、もう百姓の仕事を止めて、旅商人になってからのことだったと思う。
一家は玩具や雑貨の荷を背で負って、盛り場から盛り場へと歩いてゆく父親に随《つ》いて、祭礼や縁日のある土地へ行った。何処ででも行き着いた土地へ天幕の店を張って、地面へ薄ベリのようなものを敷いて、玩具のサーベルやラッパや安っぽい花簪や、蟇口の類を並べ、そして唄のように節をつけてお客を招ぶのだった。私もいつかその口|擬《ま》ねを覚えて、天幕の店へ坐っていた。お神楽の太鼓や疳高くピイピイ鳴る風船の笛、或いは爆竹の音、アセチレン瓦斯、おでん屋の匂いなんかの中に、凍えるような夜をふかすのだった。
その時分に肺炎をやったりしたのが今でも祟って、幼い時から喘息やみになってしまった。そのうち学齢が来て、やっと養家へ引きとられて行ったが、どん
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