鵺
楠山正雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)ある時《とき》天子《てんし》さまが
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|日《にち》も早《はや》く
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(例)[#ここから4字下げ]
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一
ある時《とき》天子《てんし》さまがたいそう重《おも》い不思議《ふしぎ》な病《やまい》におかかりになりました。なんでも夜中《よなか》すぎになると、天子《てんし》さまのおやすみになる紫宸殿《ししいでん》のお屋根《やね》の上になんとも知《し》れない気味《きみ》の悪《わる》い声《こえ》で鳴《な》くものがあります。その声《こえ》をお聞《き》きになると、天子《てんし》さまはおひきつけになって、もうそれからは一晩《ひとばん》じゅうひどいお熱《ねつ》が出て、おやすみになることができなくなりました。そういうことが三日《みっか》四日《よっか》とつづくうち、天子《てんし》さまのお体《からだ》は目に見《み》えて弱《よわ》って、御食事[#「御食事」は底本では「後食事」]《おしょくじ》もろくろくに召《め》し上《あ》がれないし、癇《かん》ばかり高《たか》ぶって、見《み》るもお気《き》の毒《どく》な御容態《ごようだい》になりました。
そこで毎晩《まいばん》御所《ごしょ》を守《まも》る武士《ぶし》が大《おお》ぜい、天子《てんし》さまのおやすみになる御殿《ごてん》の床下《ゆかした》に寝《ね》ずの番《ばん》をして、どうかしてこの妖《あや》しい鳴《な》き声《ごえ》の正体《しょうたい》を見届《みとど》けようといたしました。
するうちそれは、なんでも毎晩《まいばん》おそくなると、東《ひがし》の方《ほう》から一《ひと》むらの真《ま》っ黒《くろ》な雲《くも》が湧《わ》き出《だ》して来《き》て、だんだん紫宸殿《ししいでん》のお屋根《やね》の上におおいかかります。やがて大きなつめでひっかくような音《おと》がすると思《おも》うと、はじめ真《ま》っ黒《くろ》な雲《くも》と思《おも》われていたものが急《きゅう》に恐《おそ》ろしい化《ば》けものの形《かたち》になって、大きなつめを恐《おそ》れ多《おお》くも御所《ごしょ》のお屋根《やね》の上でといでいるのだということがわかりました。
しかしこうして捨《す》てて置《お》けば
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