わ》っていた鬼《おに》が口を出《だ》して、
「いいや、ああはいっても、その場《ば》になると横着《おうちゃく》をきめて出《で》てこないかも知《し》れません。約束《やくそく》を違《ちが》えさせないために、何《なに》か、しち[#「しち」に傍点]に取《と》っておいてはどうでしょう。」
 といいました。
 おかしらは、
「なるほどそれはいいだろう。」
 とうなずきました。
「それでは何《なに》がいいだろう。何《なに》を取《と》り上《あ》げておいたものだろう。」
 と鬼《おに》どもは、わいわい相談《そうだん》をはじめました。
「烏帽子《えぼし》がいい。」という者《もの》もありました。
「斧《おの》はどうだ。」という者《もの》もありました。
 おかしらはみんなの騒《さわ》ぐのを止《と》めて、
「いや、何《なに》よりもいちばん、あのじいさんのほおの瘤《こぶ》を取《と》るのがいいだろう。瘤《こぶ》は福《ふく》のあるものだから、じいさんのいちばんだいじなものに違《ちが》いない。」
 といいました。
 おじいさんは心《こころ》の中《なか》では、「しめた。」と思《おも》いながら、わざとびっくりした風《ふう》をして、
「おやおや、とんでもないことをおっしゃいます。目玉《めだま》を抜《ぬ》かれましても、鼻《はな》を切《き》られましても、この瘤《こぶ》を取《と》ることだけはどうかごかんべん下《くだ》さいまし。長年《ながねん》の間《あいだ》、わたくしが宝《たから》のようにしてぶら下《さ》げている、だいじなだいじな瘤《こぶ》でございますから、これを取《と》り上《あ》げられましては、ほんとうに困《こま》ってしまいます。」
 といいました。
 鬼《おに》のおかしらはこれを聞《き》くと、
「それ見《み》ろ。あのとおり惜《お》しがっている瘤《こぶ》だ。あれに限《かぎ》る、取《と》り上《あ》げておけ。」
 といいました。
 手下《てした》の鬼《おに》はすぐそばへ寄《よ》ってきて、
「それ、とるぞ。」
 といいながら、ぽきりと瘤《こぶ》をねじ切《き》ってしまいました。でも少《すこ》しも痛《いた》くはありませんでした。
 ちょうどその時《とき》、夜《よ》が明《あ》けて、からすがかあかあ鳴《な》きました。
「やあ、大《たい》へん。」
 鬼《おに》どもはびっくりして、立《た》ち上《あ》がりました。
「明日《あす》の晩《ばん》はきっと来《こ》い、瘤《こぶ》を返《かえ》してやるから。」
 こういいながら、みんなあわててどこかへ消《き》えていきました。
 おじいさんはその後《あと》で、そっと顔《かお》をなでてみました。そうすると、長年《ながねん》じゃまにしていた大きな瘤《こぶ》がきれいに無《な》くなって、後《あと》はふいて取《と》ったようにつるつるしていました。
「これは有《あ》り難《がた》い。ふしぎなこともあるものだ。」
 おじいさんはうれしくってたまらないので、早《はや》くおばあさんに見《み》せてよろこばしてやろうと、首《くび》を振《ふ》り振《ふ》り、急《いそ》いでうちまで駆《か》けて帰《かえ》りました。
 おばあさんは、おじいさんの瘤《こぶ》がきれいに取《と》れているので、びっくりして、
「おや、瘤《こぶ》をどこへやったのです。」
 と聞《き》きました。おじいさんはこういうわけで、鬼《おに》がしち[#「しち」に傍点]に取《と》って行《い》ったのだといいました。おばあさんは、
「まあ、まあ。」
 といって、目《め》をまるくしておりました。

     二

 さてこのお隣《となり》のうちにも、これは左《ひだり》のほおに、やはり同《おな》じような瘤《こぶ》のあるおじいさんがありました。おじいさんの瘤《こぶ》のいつの間《ま》にか無《な》くなったのを見《み》て、ふしぎそうに、
「おじいさん、おじいさん、あなたの瘤《こぶ》はどこへいきました。だれか上手《じょうず》なお医者《いしゃ》さまに切《き》ってもらったのですか。どこだかそのお医者《いしゃ》さまのうちを教《おし》えて下《くだ》さい。わたしも行《い》って取《と》ってもらいましょう。」
とうらやましそうにたずねました。
 おじいさんは、
「なあに、これはお医者《いしゃ》さまに切《き》ってもらったのではありません。ゆうべ山の中で鬼《おに》が取《と》っていったのです。」
 といいました。
 するとお隣《となり》のおじいさんはひざを乗《の》り出《だ》して、
「それはいったいどういうわけです。」
 と、びっくりした顔《かお》をしました。
 そこでおじいさんは、こういうわけで踊《おど》りを踊《おど》ったら、後《あと》でしち[#「しち」に傍点]に取《と》られたのだといって、くわしい話《はなし》をしました。お隣《となり》のおじいさんは、
「いいことを聞
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