ません。
 やがておかしらは、
「さあだれか歌《うた》を歌《うた》う者《もの》はないか。踊《おど》りを踊《おど》る者《もの》はないか。」
 といって、そこらを見回《みまわ》しました。
 やがておかしらのそばに座《すわ》っていた鬼《おに》が、出《だ》し抜《ぬ》けに大きな声《こえ》で歌《うた》を歌《うた》い出《だ》しました。するとさっきの若《わか》い鬼《おに》も、すその方《ほう》から前《まえ》へ飛《と》び出《だ》してきて、さんざん踊《おど》りを踊《おど》って引《ひ》っ込《こ》みました。それから代《か》わる代《が》わる下座《しもざ》の方《ほう》から、一人一人《ひとりひとり》違《ちが》った鬼《おに》が立《た》ってきて、同《おな》じように踊《おど》りを踊《おど》りました。中《なか》には上手《じょうず》に踊《おど》ってほめられる者《もの》もあれば、ぶきような踊《おど》り方《かた》をして、みんなに笑《わら》われる者《もの》もありました。踊《おど》りがすむたんびに、ひんながぱちぱち手をたたいて、
「よいよい。」
 とはやしました。
 おかしらの鬼《おに》はその時《とき》、さもゆかいそうに高笑《たかわら》いをして、
「あッは、あッは。おもしろい、おもしろい。今夜《こんや》のようなゆかいな宴会《えんかい》ははじめてだ。だがついでにだれか、もっとめずらしい踊《おど》りを踊《おど》って見《み》せる者《もの》はないか。」
 といいました。
 おじいさんはさっきから、木のうろの中で体《からだ》をこごめながら、それでもこわいもの見《み》たさに、首《くび》だけのばして外《そと》の様子《ようす》をのぞいていました。そのうちに、いったいがひょうきんなおじいさんのことですから、いつかこわいのも何《なに》も忘《わす》れてしまって、見世物《みせもの》でも見《み》ている気《き》で、おもしろがって鬼《おに》の踊《おど》りを見物《けんぶつ》していました。するうちに自分《じぶん》もだんだん浮《う》かれ出《だ》してきて、今《いま》のおかしらの鬼《おに》のいったことばが耳《みみ》に入《はい》ると、自分《じぶん》もひとつ飛《と》び出《だ》して、踊《おど》りを踊《おど》ってみたくなりました。
 しかしうっかり飛《と》び出《だ》していって、一口《ひとくち》にあんぐりやられては大《たい》へんだと一|度《ど》は思《おも》い返《かえ》して、一生懸命《いっしょうけんめい》がまんしていましたが、そのうち鬼《おに》どもがおもしろそうに手をたたいて、拍子《ひょうし》をとり出《だ》しますと、もうたまらなくなって、
「ええ、かまうものか。出て踊《おど》ってやれ。食《く》われて死《し》んだらそれまでだ。」
 とすっかり度胸《どきょう》をきめて、腰《こし》にきこりの斧《おの》をさして、烏帽子《えぼし》をずるずるに鼻《はな》の頭《あたま》までかぶったまま、
「よう、こりゃこりゃ。」
 といいながら、ひょっこりおかしらの鬼《おに》の鼻先《はなさき》へ飛《と》び出《だ》しました。
 あんまり出《だ》し抜《ぬ》けだものですから、こんどはおじいさんよりは、鬼《おに》の方《ほう》がびっくりしてしまいました。
「何《なん》だ。何《なん》だ。」
「人間《にんげん》のじじいじゃないか。」
 といいながら、みんなはそう立《だ》ちになって騒《さわ》ぎました。
 おじいさんはもうすましたもので、一生懸命《いっしょうけんめい》、のびたり、ちぢんだり、縦《たて》になり、横《よこ》になり、左《ひだり》へ行き、右《みぎ》へ行き、くるりくるりと木《き》ねずみのように、元気《げんき》よくはね回《まわ》りながら、
「よう、こりゃこりゃ。」
 とお酒《さけ》に酔《よ》ったような声《こえ》を出《だ》して、さもおもしろそうに踊《おど》りました。
 だんだん鬼《おに》どももみんな釣《つ》り込《こ》まれて、いっしょに手拍子《てびょうし》を合《あ》わせながら、
「うまいぞ、うまいぞ。」
「しっかりやれ。」
 こんなことをいいながら、はちきれそうな大笑《おおわら》いをして、おじいさんの踊《おど》りに夢中《むちゅう》になっていました。
 踊《おど》りがすむと、おかしらも感心《かんしん》して、おじいさんに、
「こんなおもしろい踊《おど》りははじめてだ。じいさん、明日《あす》の晩《ばん》も来《き》て、踊《おど》りを踊《おど》るのだぞ。」
 といいました。
 おじいさんはとくいになって、
「へえへえ、おいいつけがなくともきっとまいりますよ。今晩《こんばん》は何《なに》しろ急《きゅう》なことで、おけいこをして来《き》ませんでしたから、明日《あす》の晩《ばん》までには、ゆっくりおさらいをしてまいりましょう。」
 こういうと、その時《とき》右手《みぎて》の三ばんめに座《す
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