道々《みちみち》捨《す》ててある木の枝《えだ》を頼《たよ》りにして歩《ある》いて行きますと、長《なが》い山道《やまみち》にも少《すこ》しも迷《まよ》わずにうちまで帰《かえ》りました。「なるほど、さっきおかあさんが枝《えだ》を折《お》って捨《す》てて歩《ある》いたのは、わたしが一人《ひとり》で帰《かえ》るとき、道《みち》に迷《まよ》わないための用心《ようじん》であったか。」と今更《いまさら》おかあさんの情《なさ》けがしみじみうれしく思《おも》われました。そんな風《ふう》でいったん帰《かえ》りは帰《かえ》ったものの、縁先《えんさき》に座《すわ》って、一人《ひとり》ぽつねんと山の上の月《つき》をながめていますと、もうじっとしていられないほど悲《かな》しくなって、涙《なみだ》がぼろぼろ止《と》めどなくこぼれてきました。
「あの山の上で、今《いま》ごろおかあさんはどうしていらっしゃるだろう。」
 こう思《おも》うともうお百姓《ひゃくしょう》はどうしてもこらえていられなくなりました。そこで夜更《よふ》けにはかまわず、またさっきのしおり道《みち》をたどって、あえぎあえぎ、おかあさんを捨《す》てて
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