道々《みちみち》捨《す》ててある木の枝《えだ》を頼《たよ》りにして歩《ある》いて行きますと、長《なが》い山道《やまみち》にも少《すこ》しも迷《まよ》わずにうちまで帰《かえ》りました。「なるほど、さっきおかあさんが枝《えだ》を折《お》って捨《す》てて歩《ある》いたのは、わたしが一人《ひとり》で帰《かえ》るとき、道《みち》に迷《まよ》わないための用心《ようじん》であったか。」と今更《いまさら》おかあさんの情《なさ》けがしみじみうれしく思《おも》われました。そんな風《ふう》でいったん帰《かえ》りは帰《かえ》ったものの、縁先《えんさき》に座《すわ》って、一人《ひとり》ぽつねんと山の上の月《つき》をながめていますと、もうじっとしていられないほど悲《かな》しくなって、涙《なみだ》がぼろぼろ止《と》めどなくこぼれてきました。
「あの山の上で、今《いま》ごろおかあさんはどうしていらっしゃるだろう。」
こう思《おも》うともうお百姓《ひゃくしょう》はどうしてもこらえていられなくなりました。そこで夜更《よふ》けにはかまわず、またさっきのしおり道《みち》をたどって、あえぎあえぎ、おかあさんを捨《す》てて来《き》た山奥《やまおく》まで上《あ》がって行きました。そこに着《つ》いてみると、おかあさんはちゃんと座《すわ》ったまま、目をつぶっていました。お百姓《ひゃくしょう》はその前《まえ》に座《すわ》って、
「おかあさんを捨《す》てたのはやはりわたくしが悪《わる》うございました。こんどはどんなにしてもおそばについてお世話《せわ》をいたしますから。」
といって、おかあさんをまたおぶって山を下《くだ》りました。
それにしてもこのままおけば、いつか役人《やくにん》の目にふれるに違《ちが》いありません。お百姓《ひゃくしょう》はいろいろ考《かんが》えたあげく、床《ゆか》の下に穴倉《あなぐら》を掘《ほ》って、その中におかあさんをかくしました。そして毎日《まいにち》三|度《ど》三|度《ど》ごぜんを運《はこ》んで、
「おかあさん、御窮屈《ごきゅうくつ》でも、がまんをして下《くだ》さい。」
と、いろいろにいたわりました。これでさすがの役人《やくにん》も気《き》がつかずにいました。
二
それからしばらくすると、ある時《とき》お隣《となり》の国《くに》の殿様《とのさま》から、信濃国《しなののくに》の殿様《とのさま》に手紙《てがみ》が来《き》ました。あけてみると、
「灰《はい》の縄《なわ》をこしらえて見《み》せてもらいたい。それが出来《でき》なければ、信濃国《しなののくに》を攻《せ》めほろぼしてしまう。」
と書《か》いてありました。その国《くに》は大《たい》そう強《つよ》くって、戦争《せんそう》をしてもとても勝《か》つ見込《みこ》みがありませんでした。殿様《とのさま》は困《こま》っておしまいになって、家来《けらい》たちを集《あつ》めて御相談《ごそうだん》なさいました。けれどだれ一人《ひとり》灰《はい》の縄《なわ》なんぞをこしらえることを知《し》っている者《もの》はありませんでした。そこでこんどは国中《くにじゅう》におふれを出《だ》して、
「灰《はい》の縄《なわ》をこしらえてさし出《だ》したものには、たくさんの褒美《ほうび》をやる。」
と、告《つ》げ知《し》らせました。
すると、何《なに》しろ灰《はい》の縄《なわ》が出来《でき》なければ、今《いま》にもこの国《くに》は攻《せ》められて、ほろぼされてしまうというので、国中《くにじゅう》のお百姓《ひゃくしょう》は寄《よ》るとさわるとこの話《はなし》ばかりしました。
「だれか灰《はい》の縄《なわ》をこしらえる者《もの》はないか。」
こういってさわぐばかりで、一向《いっこう》にいい考《かんが》えは出ませんでした。
お百姓《ひゃくしょう》はふと、「これはことによったらうちのおかあさんが知《し》っているかも知《し》れない。」と思《おも》いつきました。そこで、そっと穴倉《あなぐら》へ行って、おふれの出たことを詳《くわ》しく話《はな》しますと、おかあさんは笑《わら》って、
「まあ、それは何《なん》でもないことだよ。縄《なわ》によく塩《しお》をぬりつけて焼《や》けば、くずれないものだよ。」
といいました。
お百姓《ひゃくしょう》は、「なるほど、これだから年寄《としより》はばかにできない。」と心《こころ》の中で感心《かんしん》しました。そしてさっそくいわれたとおりにして、灰《はい》の縄《なわ》をこしらえて、殿様《とのさま》の御殿《ごてん》へ持《も》って行きました。殿様《とのさま》はびっくりして、御褒美《ごほうび》のお金《かね》をたんと下《くだ》さいました。
とても出来《でき》まいと思《おも》った灰《はい》の縄《
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