た国中《くにじゅう》の大さわぎになって、こんどこそうまく当《あ》てて、御褒美《ごほうび》にありつこうと思《おも》う者《もの》が、ぞろぞろ殿様《とのさま》の御殿《ごてん》へ、お隣《となり》の国《くに》から来《き》た二|匹《ひき》の牝馬《めうま》を見《み》に出かけました。ところがよほど見分《みわ》けにくい馬《うま》と見《み》えて、名高《なだか》いばくろうの名人《めいじん》でも、やはり首《くび》をかしげて考《かんが》え込《こ》むばかりでした。そこでお百姓《ひゃくしょう》はまた穴倉《あなぐら》へ行って、おかあさんに相談《そうだん》しますと、おかあさんはやはり笑《わら》って、
「それもむずかしいことではないよ。亡《な》くなったおじいさんに聞《き》いたことがある。親子《おやこ》の分《わ》からない馬《うま》は、二|匹《ひき》を放《はな》しておいて、間《あいだ》に草《くさ》を置《お》けばいい。するとすぐ草《くさ》にとりついて食《た》べるのは子供《こども》で、ゆるゆると子供《こども》に食《た》べさせておいたあとで、食《た》べ余《あま》しを食《た》べるのは母親《ははおや》だということだよ。」
と教《おし》えました。
お百姓《ひゃくしょう》は感心《かんしん》して、さっそく殿様《とのさま》の御殿《ごてん》へ行って、
「ではわたくしに見分《みわ》けさせて下《くだ》さいまし。」
といって、おかあさんに教《おそ》わったとおり、二|匹《ひき》の馬《うま》の間《あいだ》に青草《あおくさ》を投《な》げてやりますと、案《あん》の定《じょう》、一|匹《ぴき》ががつがつして草《くさ》を食《た》べる間《あいだ》、もう一|匹《ぴき》は静《しず》かに座《すわ》ったままながめていました。それで親子《おやこ》が分《わ》かったので、殿様《とのさま》はそれぞれに札《ふだ》をつけさせて、
「さあ、これで間違《まちが》いはないでしょう。」
といって、使《つか》いにつきつけますと、使《つか》いは、
「どうも驚《おどろ》きました。そのとおりです。」
といって、へいこうして逃《に》げていきました。
殿様《とのさま》はこれでまったく、お百姓《ひゃくしょう》の智恵《ちえ》に心《こころ》から驚《おどろ》いてしまいました。
「お前《まえ》は国中《くにじゅう》一ばんの智恵者《ちえしゃ》だ。さあ、何《なん》でも望《のぞ》みのものをやるぞ。」
とおっしゃいました。お百姓《ひゃくしょう》はこんどこそ、おかあさんの命《いのち》ごいをしなければならないと思《おも》って、
「わたくしはお金《かね》も品物《しなもの》もいりません。」
といいますと、殿様《とのさま》は妙《みょう》な顔《かお》をなさいました。お百姓《ひゃくしょう》はすかさず、
「その代《か》わりどうか母《はは》の命《いのち》をお助《たす》け下《くだ》さい。」
といって、これまでのことを残《のこ》らず申《もう》し上《あ》げました。殿様《とのさま》はいちいちびっくりして、目を丸《まる》くして聞《き》いておいでになりました。そして灰《はい》の縄《なわ》も、玉《たま》に糸《いと》を通《とお》すことも、それから二|匹《ひき》の牝馬《めうま》の親子《おやこ》を見分《みわ》けたことも、みんな年寄《としより》の智恵《ちえ》で出来《でき》たことが分《わ》かると、殿様《とのさま》は今更《いまさら》のように感心《かんしん》なさいました。
「なるほど年寄《としより》というものもばかにならないものだ。こんど度々《たびたび》の難題《なんだい》をのがれたのも、年寄《としより》のお陰《かげ》であった。母親《ははおや》をかくした百姓《ひゃくしょう》の罪《つみ》はむろん許《ゆる》してやるし、これからは年寄《としより》を島流《しまなが》しにすることをやめにしよう。」
こう殿様《とのさま》はおっしゃって、お百姓《ひゃくしょう》にたくさんの御褒美《ごほうび》を下《くだ》さいました。そして年寄《としより》を許《ゆる》すおふれをお出《だ》しになりました。国中《くにじゅう》の民《たみ》は生《い》き返《かえ》ったようによろこびました。
お隣《となり》の国《くに》の殿様《とのさま》もこんどこそ大丈夫《だいじょうぶ》と思《おも》って出《だ》した難題《なんだい》を、またしてもわけなく解《と》かれてしまったのでがっかりして、それなり信濃国《しなののくに》を攻《せ》めることをおやめになりました。
底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年4月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:土屋隆
2006年9月21日作成
2009年9月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.g
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