やるぞ。」
 とおっしゃいました。お百姓《ひゃくしょう》はこんどこそ、おかあさんの命《いのち》ごいをしなければならないと思《おも》って、
「わたくしはお金《かね》も品物《しなもの》もいりません。」
 といいますと、殿様《とのさま》は妙《みょう》な顔《かお》をなさいました。お百姓《ひゃくしょう》はすかさず、
「その代《か》わりどうか母《はは》の命《いのち》をお助《たす》け下《くだ》さい。」
 といって、これまでのことを残《のこ》らず申《もう》し上《あ》げました。殿様《とのさま》はいちいちびっくりして、目を丸《まる》くして聞《き》いておいでになりました。そして灰《はい》の縄《なわ》も、玉《たま》に糸《いと》を通《とお》すことも、それから二|匹《ひき》の牝馬《めうま》の親子《おやこ》を見分《みわ》けたことも、みんな年寄《としより》の智恵《ちえ》で出来《でき》たことが分《わ》かると、殿様《とのさま》は今更《いまさら》のように感心《かんしん》なさいました。
「なるほど年寄《としより》というものもばかにならないものだ。こんど度々《たびたび》の難題《なんだい》をのがれたのも、年寄《としより》のお陰《かげ》であった。母親《ははおや》をかくした百姓《ひゃくしょう》の罪《つみ》はむろん許《ゆる》してやるし、これからは年寄《としより》を島流《しまなが》しにすることをやめにしよう。」
 こう殿様《とのさま》はおっしゃって、お百姓《ひゃくしょう》にたくさんの御褒美《ごほうび》を下《くだ》さいました。そして年寄《としより》を許《ゆる》すおふれをお出《だ》しになりました。国中《くにじゅう》の民《たみ》は生《い》き返《かえ》ったようによろこびました。
 お隣《となり》の国《くに》の殿様《とのさま》もこんどこそ大丈夫《だいじょうぶ》と思《おも》って出《だ》した難題《なんだい》を、またしてもわけなく解《と》かれてしまったのでがっかりして、それなり信濃国《しなののくに》を攻《せ》めることをおやめになりました。



底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年4月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:土屋隆
2006年9月21日作成
2009年9月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.g
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