きみのでていったあとで、存分《ぞんぶん》に泣けるからな。」
お姫さまのところへ、あたらしい結婚の申し込み手がやって来たことを、もうさっそく町じゅうの人たちが知っていました。それで、たれも大きなかなしみにおそわれました。芝居は木戸をしめたままです。お菓子屋さんたちは申しあわせたように、小ぶたのお砂糖人形を黒い、喪《も》のリボンで巻きました。王さまは、お寺で坊さんたちにまじって、神さまにお祈をささげました。どこもかしこもしめっぽいことでした。それはどうせ、ヨハンネスだけに、これまでのひとたちとちがったいい目が出ようとは、たれにもおもえなかったからでした。
その夕方、旅なかまは、大きなはちにいっぱい、くだもののお酒のポンスをこしらえて来て、それでは大いに愉快にやって、ひとつ王女殿下の健康をいわって乾杯《かんぱい》しようといいました。ところが、ヨハンネスは、コップに二はいのむと、もうすっかりねむくなって、目をあけていることができなくなり、そのままぐっすり寝込んでしまいました。旅なかまは、ヨハンネスをそっといすからだき上げて寝床に入れました。夜がふけて、そとはまっくらやみになりました。旅なかまは、れいのはくちょう[#「はくちょう」に傍点]から切りとった二枚の大きなつばさを、しっかりと、肩にいわいつけました。そうして、あのころんで足をくじいたおばあさんからもらった三本のむちのなかの、いちばんながいのをかくしにつっこむと、窓をあけて、町の丘から、お城のほうへ、ひらひらとんでいきました。それから王女の寝べやの窓下に来て、そっと片すみにしのんでいました。
町はひっそりしていました。ちょうど時計は十二時十五分まえをうったところです。ふと窓があいたとおもうと、王女はながい白マントの上に、まっ黒なつばさをつけて、ひらりと舞い上がりました。町の空をつっきって、むこうの大きな山のほうへとんでいきました。ところで、旅なかまは、王女に気づかれないように、からだをみえなくしておいて、そのあとを追いながら、王女をむちでうちました。うたれるそばから、ひどく血がでました。ほほう、たいへんな空の旅があったものですね。風が王女のマントを、それこそ大きな舟の帆のように、いっぱいにふくらませて行く上から、ほんのりとお月さまの光がすけてみえました。
「おお、ひどいあられだ、ひどいあられだ。」
王女は、むちの
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