なって明かすのだからね。まったくこの岩でもなかったら、ぼくたちは、好きなふるさとへかえることができないだろう。なにしろ、そこまでいくのは一年のなかでもいちばん長い日を、二日分とばなければならないのだからね。一年にたったいっぺん、ふるさとの国をたずねることがゆるされている。そうして、十一日のあいだここにとどまっていて、この大きな森のうえをとびまわる。まあ、この森のうえから、ぼくたちのうまれたおとうさまの御殿もみえるし、おかあさまのうめられていらっしゃるお寺の塔もみえるというわけさ。――だからこのあたりのものは、やぶでも木立《こだち》でも、ぼくたちの親類のようにおもわれる。ここでは野馬がこどものじぶんみたとおり草原をはしりまわっている。炭焼までが、ぼくたちがむかし、そのふしにあわせておどったとおりの歌をいまでもうたう。ここにぼくたちのうまれた国があるのだ。どうしてもここへぼくたちは心がひかれるのだ。そうしてここへ来たおかげで、とうとう、かわいいいもうとのおまえをみつけたのだ。もう二日、ぼくたちはここにいることができる。それからまた海をわたってむこうのうつくしい国へいかなければならない。けれどもそこはぼくたちのうまれた国ではないのだ。でもどうしたらおまえをつれていけようね。ぼくたちには船もないし、ボートもないのだからね。」
「どうしたらわたしは、おにいさんたちをたすけて、もとの姿にかえして上けることができるでしょうね。」と、いもうともいいました。こうしてきょうだいは、ひと晩じゅう話をして、ほんの二、三時間うとうとしただけでした。
エリーザはふと、あたまの上ではくちょうの翼がばさばさ鳴る音で目がさめました。きょうだいたちはまた姿を変えられていました。やがてみんなは大きな輪をつくってとんでいきました。けれどもそのなかでひとり、いちばん年下のおにいさまだけが、あとにのこっていました。そのはくちょうは、あたまを、いもうとのひざのうえにのせていました。こうして、まる一日、ふたりはいっしょになっていました。夕方になると、ほかのおにいさまたちがかえって来ました。やがて、お日さまがしずむと、みんなまたあたりまえのすがたにかえりました。
「あしたはここからとんでいって、こんどはまる一年たつまでかえってくることはできない。でもおまえをこのままここへおくことはどうしたってできない。おまえ、わたしたちといっしょに行く勇気があるかい。わたしたち、腕一本でも、おまえをかかえて、この森を越すだけの力はある。だからみんなのつばさを合わせたら、海のうえをはこんでわたれないことはなかろう。」
「ええ、ぜひつれていってください。」と、エリーザはいいました。
そこでひと晩じゅうかかって、みんなしてよくしなうかわやなぎ[#「かわやなぎ」に傍点]の木の皮と、強いあし[#「あし」に傍点]とで網を織りました。それは大きくて丈夫にできました。この網のうえにエリーザは横になりました。やがてお日さまがのぼると、おにいさまたちははくちょうのすがたに変って、てんでんくちばしで網のさきをくわえました。そうして、まだすやすやねむっている、かわいいいもうとをのせたまま、雲のうえたかくとんでいきました。ちょうどお日さまの光が顔にあたるものですから、一羽のはくちょうは、いもうとのあたまのうえでとんでやって、その大きなつばさでかげをこしらえてやりました。――
やがてエリーザが目をさましたじぶんには、もうずいぶんとおくへ来ていました。エリーザはまるで夢をみているような気持でした。空を通って、海を越えて、高くはこばれて行くということが、どんなにふしぎにおもわれたことでしょう。すぐそばには、おいしそうにじゅくしたいちごの実をつけたひと枝と、いいかおりのする木の根がひと束《たば》おいてありました。それらはあのいちばん年の若いおにいさまが、取って来てくれたものでした。いもうとはそのおにいさまのはくちょうをみつけて、下からにっこり、うれしそうにわらいかけました。あたまの上をとんで、つばさでかげをつくっていてくれているのも、このおにいさまでした。
もうすいぶん高くとんで、はじめ下でみつけた大きな船は、いつか白いかもめのように、ぼっつり水のうえに浮いていました。ひとかたまりの大きな雲が、すぐうしろにぬっとあらわれましたが、それはどこからみても、ほんとうの山でした。その雲の山に、エリーザはじぶんの影や十一羽のはくちょうの影がうつるのをみました。みんな、それこそ見上げるような大きな鳥になってとんでいました。まったくみたこともないすばらしい影でした。でもお日さまがずんずん高くのぼって、雲がずっとうしろに取りのこされると、その影のようにうかんでいる絵が消えてなくなりました。
まる一日、はくちょうたちは、空のなかを、
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