た。
こうしてこの太子《たいし》のお力《ちから》で、いろいろの邪魔《じゃま》を払《はら》って、仏《ほとけ》さまのお教《おし》えがずんずんひろまるようになりました。摂津《せっつ》の大阪《おおさか》にある四天王寺《してんのうじ》、大和《やまと》の奈良《なら》に近《ちか》い法隆寺《ほうりゅうじ》などは、みな太子《たいし》のお建《た》てになった古《ふる》い古《ふる》いお寺《てら》でございます。
三
太子《たいし》のお徳《とく》がだんだん高《たか》くなるにつれて、いろいろ不思議《ふしぎ》な事《こと》がありました。ある時《とき》甲斐《かい》の国《くに》から四|足《そく》の白《しろ》い、真《ま》っ黒《くろ》な小馬《こうま》を一|匹《ぴき》朝廷《ちょうてい》に献上《けんじょう》いたしました。太子《たいし》はこの馬《うま》を御覧《ごらん》になると、たいそうお喜《よろこ》びになって、
「この馬《うま》に乗《の》って国中《くにじゅう》を一《ひと》めぐりして来《こ》よう。」
とおっしゃって、調使丸《ちょうしまる》という召使《めしつか》いの小舎人《ことねり》をくらの後《うし》ろに乗《の》せたまま、馬《うま》の背《せ》に乗《の》って、そのまますうっと空《そら》の上へ飛《と》んでお行《い》きになりました。下界《げかい》では、
「あれ、あれ。」
といって騒《さわ》いでいるうちに、太子《たいし》はもう大和《やまと》の国原《くにばら》をはるか後《あと》に残《のこ》して、信濃《しなの》の国《くに》から越《こし》の国《くに》へ、越《こし》の国《くに》からさらに東《ひがし》の国々《くにぐに》をすっかりお回《まわ》りになって、三日《みっか》の後《のち》にまた大和《やまと》へお帰《かえ》りになりました。この時《とき》太子《たいし》のお歩《ある》きになった馬《うま》の蹄《ひづめ》の跡《あと》が、国々《くにぐに》の高《たか》い山に今《いま》でも残《のこ》っているのでございます。
またある時《とき》、太子《たいし》は天子《てんし》さまの御前《ごぜん》で、勝鬘経《しょうまんきょう》というお経《きょう》の講釈《こうしゃく》をおはじめになって、ちょうど三日《みっか》めにお経《きょう》がすむと、空《そら》の上から三|尺《じゃく》も幅《はば》のあるきれいな蓮花《れんげ》が降《ふ》って来《き》て、やがて地《ち》の上に四|尺《しゃく》も高《たか》く積《つも》りました。その蓮花《れんげ》を明《あ》くる朝《あさ》天子《てんし》さまが御覧《ごらん》になって、そこに橘寺《たちばなでら》というお寺《てら》をお立《た》てになりました。
またある時《とき》、日本《にほん》の国《くに》からシナの国《くに》へ、小野妹子《おののいもこ》という人をお使《つか》いにやることになりました。その時《とき》太子《たいし》は妹子《いもこ》に向《む》かい、
「シナの衡山《こうざん》という山の上のお寺《てら》は、むかしわたしが住《す》んでいた所《ところ》だ。その時分《じぶん》いっしょにいた僧《そう》たちはたいてい死《し》んだが、まだ三|人《にん》は残《のこ》っているはずだから、そこへ行って、むかしわたしが始終《しじゅう》つかっていた法華経《ほけきょう》の本《ほん》をさがして持《も》って来《き》ておくれ。」
とおっしゃいました。
妹子《いもこ》はおいいつけの通《とお》り、シナへ渡《わた》るとさっそく、衡山《こうざん》という所《ところ》へたずねて行きました。そしてその山の上のお寺《てら》へ行くと、門《もん》に一人《ひとり》の小坊主《こぼうず》が立《た》っていました。妹子《いもこ》がこうこういう者《もの》だといって案内《あんない》をたのみますと、小坊主《こぼうず》はもう前《まえ》から知《し》っているといったように、
「和尚《おしょう》さん、和尚《おしょう》さん、思禅法師《しぜんほうし》のお使《つか》いがおいでになりましたよ。」
といいました。するとお寺《てら》の中から腰《こし》の曲《ま》がったおじいさんの坊《ぼう》さんが三|人《にん》、ことこと杖《つえ》をつきながら、さもうれしそうにやって来《き》て、太子《たいし》の御様子《ごようす》をたずねるやら、昔話《むかしばなし》をするやらしたあとで、妹子《いもこ》のいうままに、一|巻《かん》の古《ふる》い法華経《ほけきょう》を出《だ》して渡《わた》しました。妹子《いもこ》はそれを持《も》って、日本《にほん》へ帰《かえ》ったということです。
四
太子《たいし》のお住《す》まいになっていたお宮《みや》は大和《やまと》の斑鳩《いかるが》といって、今《いま》の法隆寺《ほうりゅうじ》のある所《ところ》にありましたが、そこの母屋《おもや》のわきに、太子《た
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