」
「さあ、さし当《あ》たり綱渡《つなわた》りの軽《かる》わざに、文福《ぶんぶく》茶《ちゃ》がまの浮《う》かれ踊《おど》りをやりましょう。もうくず屋《や》なんかやめてしまって、見世物師《みせものし》におなんなさい。あしたからたんとお金《かね》がもうかりますよ。」
こう言《い》われてくず屋《や》はすっかり乗《の》り気《き》になってしまいました。そして茶《ちゃ》がまのすすめるとおりくず屋《や》をやめてしまいました。
そのあくる日|夜《よ》が明《あ》けると、くず屋《や》はさっそく見世物《みせもの》のしたくにかかりました。まず町《まち》の盛《さか》り場《ば》に一|軒《けん》見世物小屋《みせものごや》をこしらえて、文福《ぶんぶく》茶《ちゃ》がまの綱渡《つなわた》りと浮《う》かれ踊《おど》りの絵《え》をかいた大看板《おおかんばん》を上《あ》げ、太夫元《たゆうもと》と木戸番《きどばん》と口上《こうじょう》言《い》いを自分《じぶん》一人《ひとり》で兼《か》ねました。そして木戸口《きどぐち》に座《すわ》って大きな声《こえ》で、
「さあ、さあ、大評判《おおひょうばん》の文福《ぶんぶく》茶《ちゃ》がまに毛《け》が生《は》えて、手足《てあし》が生《は》えて、綱渡《つなわた》りの軽《かる》わざから、浮《う》かれ踊《おど》りのふしぎな芸当《げいとう》、評判《ひょうばん》じゃ、評判《ひょうばん》じゃ。」
と呼《よ》び立《た》てました。
往来《おうらい》の人たちは、ふしぎな看板《かんばん》とおもしろそうな口上《こうじょう》に釣《つ》られて、ぞろぞろ見世物小屋《みせものごや》へ詰《つ》めかけて来《き》て、たちまち、まんいんになってしまいました。
やがて拍子木《ひょうしぎ》が鳴《な》って、幕《まく》が上《あ》がりますと、文福《ぶんぶく》茶《ちゃ》がまが、のこのこ楽屋《がくや》から出て来《き》て、お目見《めみ》えのごあいさつをしました。見《み》るとそれは思《おも》いもつかない、大きな茶《ちゃ》がまに手足《てあし》の生《は》えた化《ば》け物《もの》でしたから、見物《けんぶつ》はみんな「あっ。」と言《い》って目をまるくしました。
それだけでもふしぎなのに、その茶《ちゃ》がまの化《ば》け物《もの》が両方《りょうほう》の手《て》に唐傘《からかさ》をさして扇《おうぎ》を開《ひら》いて、綱《つな》の上に両足《りょうあし》をかけました。そして重《おも》い体《からだ》を器用《きよう》に調子《ちょうし》をとりながら、綱渡《つなわた》りの一|曲《きょく》を首尾《しゅび》よくやってのけましたから、見物《けんぶつ》はいよいよ感心《かんしん》して、小屋《こや》もわれるほどのかっさいをあびせかけました。
それからは何《なに》をしても、文福《ぶんぶく》茶《ちゃ》がまが変《か》わった芸当《げいとう》をやって見《み》せるたんびに、見物《けんぶつ》は大喜《おおよろこ》びで、
「こんなおもしろい見世物《みせもの》は生《う》まれてはじめて見《み》た。」
とてんでんに言《い》いあって、またぞろぞろ帰《かえ》っていきました。それからは文福《ぶんぶく》茶《ちゃ》がまの評判《ひょうばん》は、方々《ほうぼう》にひろがって、近所《きんじょ》の人はいうまでもなく、遠国《えんごく》からもわざわざわらじがけで見《み》に来《く》る人で毎日《まいにち》毎晩《まいばん》たいへんな大入《おおい》りでしたから、わずかの間《ま》にくず屋《や》は大金持《おおがねも》ちになりました。
そのうちにくず屋《や》は、「こうやって文福《ぶんぶく》茶《ちゃ》がまのおかげでいつまでもお金《かね》もうけをしていても際限《さいげん》のないことだから、ここらで休《やす》ませてやりましょう。」と考《かんが》えました。そこである日|文福《ぶんぶく》茶《ちゃ》がまを呼《よ》んで、
「お前《まえ》をこれまで随分《ずいぶん》働《はたら》かせるだけ働《はたら》かして、おかげでわたしも大《たい》したお金持《かねも》ちになった。人間《にんげん》の欲《よく》には限《かぎ》りがないといいながら、そうそう欲《よく》ばるのは悪《わる》いことだから、今日《きょう》限《かぎ》りお前《まえ》を見世物《みせもの》に出《だ》すことはやめて、もとのとおり茂林寺《もりんじ》に納《おさ》めることにしよう。その代《か》わりこんどは和尚《おしょう》さんに頼《たの》んで、ただの茶《ちゃ》がまのようにいろりにかけて、火あぶりになんぞしないようにして、大切《たいせつ》にお寺《てら》の宝物《ほうもつ》にして、錦《にしき》の布団《ふとん》にのせて、しごく安楽《あんらく》な御隠居《ごいんきょ》の身分《みぶん》にして上《あ》げるがどうだね。」
こう言《い》いますと、文福《ぶんぶく》茶《ちゃ》
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