、和尚《おしょう》さんは、「わあッ。」と言《い》って、思《おも》わずとび上《あ》がりました。
「たいへん、たいへん。茶《ちゃ》がまが化《ば》けた。だれか来《き》てくれ。」
 和尚《おしょう》さんがびっくりして大きな声《こえ》で呼《よ》び立《た》てますと、小僧《こぞう》さんたちは、
「そら来《き》た。」
 というので、向《む》こう鉢巻《はちま》きで、ほうきやはたきを持《も》ってとび込《こ》んで来《き》ました。でももうその時分《じぶん》にはもとの茶《ちゃ》がまになって、布団《ふとん》の上にすましていました。たたけばまた「かん。かん。」と鳴《な》りました。
 和尚《おしょう》さんはまだびっくりしたような顔《かお》をしながら、
「どうもいい茶《ちゃ》がまを手《て》に入《い》れたと思《おも》ったら、とんだものをしょい込《こ》んだ。どうしたものだろう。」
 と考《かんが》えていますと、門《もん》の外《そと》で、
「くずい、くずい。」
 という声《こえ》がしました。
「ああ、いいところへくず屋《や》が来《き》た。こんな茶《ちゃ》がまはいっそくず屋《や》に売《う》ってしまおう。」
 和尚《おしょう》さんはこう言《い》って、さっそくくず屋《や》を呼《よ》ばせました。
 くず屋《や》は和尚《おしょう》さんの出《だ》した茶《ちゃ》がまを手《て》に取《と》って、なでてみたり、たたいてみたり、底《そこ》をかえしてみたりしたあとで、
「これはけっこうな品物《しなもの》です。」
 と言《い》って、茶《ちゃ》がまを買《か》って、くずかごの中に入《い》れて持《も》って行きました。

     二

 茶《ちゃ》がまを買《か》ったくず屋《や》は、うちへ帰《かえ》ってもまだにこにこして、
「これはこのごろにない掘《ほ》り出《だ》しものだ。どうかして道具《どうぐ》ずきなお金持《かねも》ちをつかまえて、いい価《ね》に売《う》らなければならない。」
 こう独《ひと》り言《ごと》を言《い》いながら、その晩《ばん》はだいじそうに茶《ちゃ》がまをまくら元《もと》に飾《かざ》って、ぐっすり寝《ね》ました。すると真夜中《まよなか》すぎになって、どこかで、
「もしもしくず屋《や》さん、くず屋《や》さん。」
 と呼《よ》ぶ声《こえ》がしました。はっとして目をさましますと、まくら元《もと》にさっきの茶《ちゃ》がまがいつの間《ま》にか毛《け》むくじゃらな頭《あたま》と太《ふと》いしっぽを出《だ》して、ちょこなんと座《すわ》っていました。くず屋《や》はびっくりして、はね起《お》きました。
「やあ、たいへん。茶《ちゃ》がまが化《ば》けたぞ。」
「くず屋《や》さん、そんなにおどろかないでもいいよ。」
「だっておどろかずにいられるものかい。茶《ちゃ》がまに毛《け》がはえて歩《ある》き出《だ》せば、だれだっておどろくだろうじゃないか。いったいお前《まえ》は何《なん》だい。」
「わたしは文福《ぶんぶく》茶《ちゃ》がまといって、ほんとうはたぬきの化《ば》けた茶《ちゃ》がまですよ。じつはある日|野原《のはら》へ出て遊《あそ》んでいるところを五、六|人《にん》の男《おとこ》に追《お》いまわされて、しかたなしに茶《ちゃ》がまに化《ば》けて草《くさ》の中にころがっていると、またその男《おとこ》たちが見《み》つけて、こんどは茶《ちゃ》がまだ、茶《ちゃ》がまだ、いいものが手《て》に入《はい》った。これをどこかへ売《う》りとばして、みんなでうまいものを買《か》って食《た》べようと言《い》いました。それでわたしは古道具屋《ふるどうぐや》に売《う》られて、店先《みせさき》にさらされて、さんざん窮屈《きゅうくつ》な目にあいました。その上|何《なに》も食《た》べさせてくれないので、おなかがすいて死《し》にそうになったところを、お寺《てら》の和尚《おしょう》さんに買《か》われて行《い》きました。お寺《てら》では、やっと手《て》おけに一ぱいの水をもらって、一口《ひとくち》にがぶ飲《の》みしてほっと息《いき》をついたところを、いきなりいろりにのせられて、お尻《しり》から火あぶりにされたのにはさすがにおどろきました。もうもうあんな所《ところ》はこりこりです。あなたは人のいい、しんせつな方《かた》らしいから、どうぞしばらくわたしをうちに置《お》いて養《やしな》って下《くだ》さいませんか。きっとお礼《れい》はしますから。」
「うん、うん、置《お》いてやるぐらいわけのないことだ。だがお礼《れい》をするってどんなことをするつもりだい。」
「へえ。見世物《みせもの》でいろいろおもしろい芸当《げいとう》をして見《み》せて、あなたにたんとお金《かね》もうけをさせて上《あ》げますよ。」
「ふん、芸当《げいとう》っていったいどんなことをするのだい。
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