文福茶がま
楠山正雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)上野国《こうずけのくに》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)ある日|和尚《おしょう》さんは
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     一

 むかし、上野国《こうずけのくに》館林《たてばやし》に、茂林寺《もりんじ》というお寺《てら》がありました。このお寺《てら》の和尚《おしょう》さんはたいそうお茶《ちゃ》の湯《ゆ》がすきで、いろいろとかわったお茶《ちゃ》道具《どうぐ》を集《あつ》めてまいにち、それをいじっては楽《たの》しみにしていました。
 ある日|和尚《おしょう》さんは用事《ようじ》があって町《まち》へ行った帰《かえ》りに、一|軒《けん》の道具屋《どうぐや》で、気《き》に入《い》った形《かたち》の茶《ちゃ》がまを見《み》つけました。和尚《おしょう》さんはさっそくそれを買《か》って帰《かえ》って、自分《じぶん》のお部屋《へや》に飾《かざ》って、
「どうです、なかなかいい茶《ちゃ》がまでしょう。」
 と、来《く》る人ごとに見《み》せて、じまんしていました。
 ある晩《ばん》和尚《おしょう》さんはいつものとおりお居間《いま》に茶《ちゃ》がまを飾《かざ》ったまま、そのそばでうとうと居眠《いねむ》りをしていました。そのうちほんとうにぐっすり、寝込《ねこ》んでしまいました。
 和尚《おしょう》さんのお部屋《へや》があんまり静《しず》かなので、小僧《こぞう》さんたちは、どうしたのかと思《おも》って、そっと障子《しょうじ》の透《す》き間《ま》から中をのぞいてみました。すると和尚《おしょう》さんのそばに布団《ふとん》をしいて座《すわ》っていた茶《ちゃ》がまが、ひとりでにむくむくと動《うご》き出《だ》しました。「おや。」と思《おも》ううちに、茶《ちゃ》がまからひょっこり頭《あたま》が出て、太《ふと》いしっぽがはえて、四|本《ほん》の足《あし》が出て、やがてのそのそとお部屋《へや》の中を歩《ある》き出《だ》しました。
 小僧《こぞう》さんたちはびっくりして、お部屋《へや》の中へとび込《こ》んで来《き》て、
「やあ、たいへんだ。茶《ちゃ》がまが化《ば》けた。」
「和尚《おしょう》さん、和尚《おしょう》さん。茶《ちゃ》がまが歩《ある》き出《だ》しましたよ。」
 と、てんでんにとんきょうな声《こえ》を立《た》てて
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