《がた》をつけはじめました。山姥《やまうば》が桃《もも》の木に切《き》り形《がた》をつけはじめたのを見《み》て、きょうだいは心配《しんぱい》になってきました。そのうちどんどん山姥《やまうば》は切《き》り形《がた》をつけてしまって、やがてがさがさ、やかましい音《おと》をさせながら登《のぼ》って来《き》ました。子供《こども》たちは困《こま》って、だんだん高《たか》い枝《えだ》へ、高《たか》い枝《えだ》へと、登《のぼ》って行きました。とうとういちばん上のてっぺんまで登《のぼ》って行って、もうこれより先《さき》へ行きようがない所《ところ》まで登《のぼ》りましたが、やはり山姥《やまうば》はどんどん上まで登《のぼ》って来《き》ます。困《こま》りきってしまって、二人《ふたり》は大空《おおぞら》を見上《みあ》げながら、ありったけの悲《かな》しい声《こえ》をふりしぼって、
「お天道《てんとう》さま、金《かね》ン綱《つな》。」
 とさけびました。
 すると、がらがらという音《おと》がして、高《たか》い大空《おおぞら》の上から、長《なが》い長《なが》い鉄《てつ》の綱《つな》がぶら下《さ》がってきました。太郎《たろう》と次郎《じろう》はその綱《つな》にぶら下《さ》がって、するする、するする、大空《おおぞら》まで登《のぼ》って逃《に》げました。
 山姥《やまうば》はそれを見《み》ると、くやしがって、同《おな》じように空《そら》を見上《みあ》げて、
「お天道《てんとう》さま、腐《くさ》れ縄《なわ》。」
 と大声《おおごえ》を上《あ》げてわめきました。
 するとすぐ、ぼそぼそという音《おと》がして、高《たか》い大空《おおぞら》の上から、長《なが》い長《なが》い腐《くさ》れ縄《なわ》がぶら下《さ》がってきました。山姥《やまうば》はいきなりその縄《なわ》にぶら下《さ》がって、子供《こども》たちを追《お》っかけながら、どこまでもどこまでも登《のぼ》って行きました。するうち自分《じぶん》のからだの重《おも》みで、だんだん縄《なわ》が弱《よわ》ってきて、中途《ちゅうと》からぷつりと切《き》れました。
 山姥《やまうば》は半分《はんぶん》縄《なわ》をつかんだまま、高《たか》い大空《おおぞら》からまっさかさまに、ちょうど大きなそば畑《ばたけ》の真《ま》ん中《なか》に落《お》ちました。そしてそこにあった大きな石にひどく頭《あたま》をぶっつけて、たくさん血《ち》を出《だ》して、死《し》んでしまいました。その血《ち》がそばの根《ね》を染《そ》めたので、いまだにそれは血《ち》のように真《ま》っ赤《か》な色《いろ》をしているのです。

     猿《さる》と蟹《かに》

 ちょうど田植《たう》え休《やす》みの時分《じぶん》で、村《むら》では方々《ほうぼう》で、にぎやかな餅《もち》つきの音《おと》がしていました。山のお猿《さる》と川の蟹《かに》が、途中《とちゅう》で出会《であ》って相談《そうだん》をしました。
「どうだ、あの餅《もち》を一臼《ひとうす》どろぼうして、二人《ふたり》で分《わ》けて食《た》べようじゃないか。」
 さっそく相談《そうだん》がまとまって、猿《さる》と蟹《かに》は餅《もち》を盗《ぬす》み出《だ》すはかりごとを考《かんが》えました。
 一|軒《けん》のうちへ行ってみると、うち中《じゅう》の人が残《のこ》らずお庭《にわ》へ出て、ぺんたらこ、ぺんたらこ、夢中《むちゅう》になって餅《もち》をついていました。お座敷《ざしき》には赤《あか》んぼが一人《ひとり》寝《ね》かされたまま、だれもそばには居《い》ませんでした。
 蟹《かに》はその時《とき》、のそのそと縁《えん》がわからはい上《あ》がって行《い》って、赤《あか》んぼの手をちょきんと一つはさみました。すると赤《あか》んぼはびっくりして、痛《いた》がって、「わっ。」と火のつくように泣《な》き出《だ》しました。お庭《にわ》に出ていた人たちは、どうしたのかと思《おも》って、びっくりして、臼《うす》も杵《きね》も残《のこ》らずほうり出して、お座敷《ざしき》へかけつけますと、もうその時分《じぶん》には、蟹《かに》はのそのそ逃《に》げ出《だ》して行ってしまいました。みんなは赤《あか》んぼがどうして泣《な》いたのか、さっぱり分《わ》からないので、ぶつぶついいながら、またお庭《にわ》へ戻《もど》って行きますと、つきかけの餅《もち》が一臼《ひとうす》そっくり、臼《うす》のままなくなっていました。みんなは二|度《ど》ばかにされたので、くやしがって、外《そと》へ追《お》っかけて出てみましたが、こんども何《なに》も見《み》えませんでした。
 蟹《かに》は坂《さか》の上まで行って、猿《さる》の来《く》るのを待《ま》っていますと、猿《さる》は大きな臼《うす》をころがしながらやって来《き》ました。
「どうだ。うまくいったじゃないか。さあ、食《た》べよう。」
 と、蟹《かに》がいいますと、
「うん、なかなか重《おも》いので骨《ほね》が折《お》れたよ。だがこれですぐ食《た》べては、楽《たの》しみがなくなっておもしろくないなあ。どうだ、この臼《うす》をここからころがすから、二人《ふたり》であとから追《お》っかけて行って、先《さき》に着《つ》いた者《もの》が餅《もち》を食《た》べることにしよう。」
 と、猿《さる》がいいました。
 すると蟹《かに》は口からあぶくを吹《ふ》きながら、
「猿《さる》さん、それはだめだよ。駆《か》けっくらをしたって、わたしがお前《まえ》にかなわないことは分《わ》かりきっているではないか。そんないじの悪《わる》いことをいわずに、仲《なか》よく半分《はんぶん》ずつ食《た》べよう。」
 と、こういいましたが、猿《さる》は聴《き》かないで、
「いやならよせ。おれが一人《ひとり》で食《た》べてしまう。重《おも》い思《おも》いをして、臼《うす》をかついで来《き》たのはおれだからなあ。」
 といいました。
「だって、わたしだって赤《あか》んぼを泣《な》かして、みんなをだまして、お前《まえ》にしごとをさせてやったのじゃないか。」
 と、蟹《かに》がいいました。でも猿《さる》は、
「ぐちをいうな。それよりか駆《か》けっくらで来《こ》い。」
 といって、かまわず臼《うす》を坂《さか》の上からころがしました。臼《うす》はころころころがって行きました。猿《さる》もいっしょに追《お》っかけて行きます。しかたがないので、蟹《かに》もむずむずあとからはって行きますと、ちょうど坂《さか》の中ほどまで行かないうちに、餅《もち》は臼《うす》の中からはみ出《だ》して、道《みち》ばたの木の根《ね》にひっかかりました。そして、臼《うす》ばかりころころ下までころげて行きました。そんなことは知《し》らないものですから、猿《さる》もいっしょに臼《うす》を追《お》っかけて、どこまでもころがって行きました。
 蟹《かに》は途中《とちゅう》、木の根《ね》に白いものが見《み》えるので、ふしぎに思《おも》ってそばへ寄《よ》ってみますと、つきたての餅《もち》でしたから、「これはうまい。」と思《おも》って、一人《ひとり》でおいしそうに食《た》べはじめました。猿《さる》はせっかく下まで駆《か》けて行ってみると、空臼《からうす》だったものですから、がっかりして、
「こらこら、早《はや》く餅《もち》をころがさないか。」
 と下からどなりました。すると蟹《かに》はあざ笑《わら》って、
「つきたての餅《もち》が坂《さか》をころがるものか。今《いま》に堅《かた》くなってお鏡餅《かがみもち》になったら、ころがしてやろう。」
 といいました。猿《さる》は腹《はら》を立てましたが、自分《じぶん》からいいだして、したことですから、しかたなしに蟹《かに》にあやまって、おしりの毛《け》を抜《ぬ》いて蟹《かに》にやって、半分《はんぶん》餅《もち》を分《わ》けてもらいました。それでいまだにお猿《さる》のおしりには毛《け》がなくなって、蟹《かに》の手足《てあし》には毛《け》が生《は》えているのだそうです。

     狐《きつね》と獅子《しし》

 むかし、日本《にっぽん》の狐《きつね》がシナに渡《わた》って、あちらのけだものたちの仲間《なかま》に入《はい》ってくらしていました。
 ある時《とき》、けだものたちが、大ぜい森《もり》の中に集《あつ》まって、めいめいかってなじまん話《ばなし》をはじめました。するとみんなの話《はなし》を聞《き》いていた獅子《しし》が、さもさもうるさいというような顔《かお》をして、
「だれがなんといったって、世界中《せかいじゅう》でおれの威勢《いせい》にかなう者《もの》はあるまい。おれが一声《ひとこえ》うなれば、十|里《り》四|方《ほう》の家《いえ》に地震《じしん》が起《お》こって、鍋釜《なべかま》に残《のこ》らずひびがいってしまう。」
 といいました。
 すると、虎《とら》が負《ま》けない気《き》になって、
「なんの、おれが一走《ひとはし》り走《はし》れば、千|里《り》のやぶも一飛《ひとと》びだ。くやしがっても、おれの足《あし》にかなうものはあるまい。」
 といいました。
 その時《とき》、日本《にっぽん》の狐《きつね》も、負《ま》けない気《き》になって、
「どうして、からだこそ小さくっても、君《きみ》たちに負《ま》けるものか。」
 といばっていいました。
 すると、獅子《しし》がおこって、
「生意気《なまいき》をいうな。ちっぽけな国《くに》に生《う》まれた小狐《こぎつね》のくせに。よし、そこにじっとしていろ。一つおれがうなってみせてやるから。きさまのちっぽけな体《からだ》なんか、ひとちぢみにちぢんで、ごみのように吹《ふ》ッ飛《と》んでしまうぞ。」
 こういいながら、獅子《しし》はおなかに力《ちから》を入《い》れて、一声《ひとこえ》「うう。」とうなりはじめました。さすがにいばっただけのことはあって、それはほんとうに、そこらに居《い》る者《もの》の体《からだ》ごと、吹《ふ》き飛《と》ばしそうな勢《いきお》いでしたから、狐《きつね》はあわてて、地《じ》びたに小さな穴《あな》をほって、その中に小さくなって、もぐり込《こ》みました。そして、うなり声《ごえ》がやむと、ひょいと中から飛《と》び出《だ》して来《き》て、
「なんだ、獅子《しし》さん、大《たい》そういばったが、それだけのことか。ごみのように吹《ふ》き飛《と》ばされるどころか、このとおり貧乏《びんぼう》ゆるぎもしないよ。」
 とさんざんにあざけりました。すると獅子《しし》は、こんどこそ、ほんとうに体中《からだじゅう》の毛《け》を逆立《さかだ》てておこって、力《ちから》いっぱい意気張《いきば》って、一声《ひとこえ》「うう。」とうなりますと、あんまり力《りき》んだひょうしに、首《くび》がすぽんと抜《ぬ》けてしまいました。狐《きつね》は、そこでいよいよとくいになって、こんどは虎《とら》に向《む》かい、
「どうしたね。わたしにさからえば、獅子《しし》だってこのとおりだ。君《きみ》もいいかげんにおそれいるがいいよ。」
 といいますと、虎《とら》はなかなか承知《しょうち》しないで、
「よし、そんなら千|里《り》のやぶを、かけっこしよう。」
 といいだしました。狐《きつね》は困《こま》った顔《かお》もしないで、
「うん、いいとも。」
 といって、さっそく競争《きょうそう》の支度《したく》にかかりました。やがて一、二、三のかけ声《ごえ》で、虎《とら》と狐《きつね》は駆《か》け出《だ》したと思《おも》うと、狐《きつね》はひょいとうしろから虎《とら》の背中《せなか》に、のっかってしまいました。虎《とら》はそんなことは知《し》りませんから、むやみに駆《か》けるわ、駆《か》けるわ、千|里《り》のやぶもほんとうに一ッ飛《と》びで飛《と》んで行ってしまいますと、さすがに体中《からだじゅう》大汗《おおあせ》になっていました。するとそれよりも先《さき》に狐《
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