て、庭《にわ》の上はかんかん明《あか》るく見《み》えました。けれどもきょうだいの姿《すがた》はどこにも見《み》えませんでした。さんざんさがしてさがしてくたびれて、のどが渇《かわ》いたので、水《みず》を飲《の》もうと思《おも》って、山姥《やまうば》が井戸《いど》のそばに寄《よ》ると、桃《もも》の木の上にかくれているきょうだいの姿《すがた》が、水《みず》の上にはっきりとうつりました。
「小用《こよう》に行くなんて人をだまして、そんなところに上《あ》がっているのだな。」
 と、山姥《やまうば》は木の上を見上《みあ》げて、きょうだいをしかりました。その声《こえ》を聞《き》くと、きょうだいはひとちぢみにちぢみ上《あ》がってしまいました。
「どうして登《のぼ》った。」
 と、山姥《やまうば》が聞《き》きますから、
「びんつけを木になすって登《のぼ》ったよ。」
 と、太郎《たろう》がいいました。
「ふん、そうか。」
 といって、山姥《やまうば》はびんつけ油《あぶら》を取《と》りに行きました。きょうだいが上でびくびくしていると、山姥《やまうば》はびんつけを取《と》って来《き》て、桃《もも》の木にこてこてなすりはじめました。
「それ、登《のぼ》るぞ。」
 といいながら、山姥《やまうば》は桃《もも》の木に足《あし》をかけますと、つるり、びんつけにすべりました。それからつるつる、つるつる、何度《なんど》も何度《なんど》もすべりながら、それでも強情《ごうじょう》に一|間《けん》ばかり登《のぼ》りましたが、とうとう一息《ひといき》につるりとすべって、ずしんと地《じ》びたにころげ落《お》ちました。
 すると次郎《じろう》が上から、
「ばかな山姥《やまうば》だなあ、びんつけをつけて木に登《のぼ》れるものか。なたで切《き》り形《がた》をつけて登《のぼ》るんだ。」
 といって笑《わら》いました。
「そのなたはどうした。」
 と、山姥《やまうば》が聞《き》きますから、
「なたは井戸《いど》のそこに入《はい》っているよ。」
 と、次郎《じろう》はいってまた笑《わら》いました。山姥《やまうば》は井戸《いど》のそこをのぞいてみましたが、とても手がとどかないので、くやしがって、物置《ものおき》から鎌《かま》をさがして来《き》て、桃《もも》の木のびんつけを削《けず》り落《お》として、新《あたら》しく切《き》り形《がた》をつけはじめました。山姥《やまうば》が桃《もも》の木に切《き》り形《がた》をつけはじめたのを見《み》て、きょうだいは心配《しんぱい》になってきました。そのうちどんどん山姥《やまうば》は切《き》り形《がた》をつけてしまって、やがてがさがさ、やかましい音《おと》をさせながら登《のぼ》って来《き》ました。子供《こども》たちは困《こま》って、だんだん高《たか》い枝《えだ》へ、高《たか》い枝《えだ》へと、登《のぼ》って行きました。とうとういちばん上のてっぺんまで登《のぼ》って行って、もうこれより先《さき》へ行きようがない所《ところ》まで登《のぼ》りましたが、やはり山姥《やまうば》はどんどん上まで登《のぼ》って来《き》ます。困《こま》りきってしまって、二人《ふたり》は大空《おおぞら》を見上《みあ》げながら、ありったけの悲《かな》しい声《こえ》をふりしぼって、
「お天道《てんとう》さま、金《かね》ン綱《つな》。」
 とさけびました。
 すると、がらがらという音《おと》がして、高《たか》い大空《おおぞら》の上から、長《なが》い長《なが》い鉄《てつ》の綱《つな》がぶら下《さ》がってきました。太郎《たろう》と次郎《じろう》はその綱《つな》にぶら下《さ》がって、するする、するする、大空《おおぞら》まで登《のぼ》って逃《に》げました。
 山姥《やまうば》はそれを見《み》ると、くやしがって、同《おな》じように空《そら》を見上《みあ》げて、
「お天道《てんとう》さま、腐《くさ》れ縄《なわ》。」
 と大声《おおごえ》を上《あ》げてわめきました。
 するとすぐ、ぼそぼそという音《おと》がして、高《たか》い大空《おおぞら》の上から、長《なが》い長《なが》い腐《くさ》れ縄《なわ》がぶら下《さ》がってきました。山姥《やまうば》はいきなりその縄《なわ》にぶら下《さ》がって、子供《こども》たちを追《お》っかけながら、どこまでもどこまでも登《のぼ》って行きました。するうち自分《じぶん》のからだの重《おも》みで、だんだん縄《なわ》が弱《よわ》ってきて、中途《ちゅうと》からぷつりと切《き》れました。
 山姥《やまうば》は半分《はんぶん》縄《なわ》をつかんだまま、高《たか》い大空《おおぞら》からまっさかさまに、ちょうど大きなそば畑《ばたけ》の真《ま》ん中《なか》に落《お》ちました。そしてそこにあった大きな石
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