にひどく頭《あたま》をぶっつけて、たくさん血《ち》を出《だ》して、死《し》んでしまいました。その血《ち》がそばの根《ね》を染《そ》めたので、いまだにそれは血《ち》のように真《ま》っ赤《か》な色《いろ》をしているのです。

     猿《さる》と蟹《かに》

 ちょうど田植《たう》え休《やす》みの時分《じぶん》で、村《むら》では方々《ほうぼう》で、にぎやかな餅《もち》つきの音《おと》がしていました。山のお猿《さる》と川の蟹《かに》が、途中《とちゅう》で出会《であ》って相談《そうだん》をしました。
「どうだ、あの餅《もち》を一臼《ひとうす》どろぼうして、二人《ふたり》で分《わ》けて食《た》べようじゃないか。」
 さっそく相談《そうだん》がまとまって、猿《さる》と蟹《かに》は餅《もち》を盗《ぬす》み出《だ》すはかりごとを考《かんが》えました。
 一|軒《けん》のうちへ行ってみると、うち中《じゅう》の人が残《のこ》らずお庭《にわ》へ出て、ぺんたらこ、ぺんたらこ、夢中《むちゅう》になって餅《もち》をついていました。お座敷《ざしき》には赤《あか》んぼが一人《ひとり》寝《ね》かされたまま、だれもそばには居《い》ませんでした。
 蟹《かに》はその時《とき》、のそのそと縁《えん》がわからはい上《あ》がって行《い》って、赤《あか》んぼの手をちょきんと一つはさみました。すると赤《あか》んぼはびっくりして、痛《いた》がって、「わっ。」と火のつくように泣《な》き出《だ》しました。お庭《にわ》に出ていた人たちは、どうしたのかと思《おも》って、びっくりして、臼《うす》も杵《きね》も残《のこ》らずほうり出して、お座敷《ざしき》へかけつけますと、もうその時分《じぶん》には、蟹《かに》はのそのそ逃《に》げ出《だ》して行ってしまいました。みんなは赤《あか》んぼがどうして泣《な》いたのか、さっぱり分《わ》からないので、ぶつぶついいながら、またお庭《にわ》へ戻《もど》って行きますと、つきかけの餅《もち》が一臼《ひとうす》そっくり、臼《うす》のままなくなっていました。みんなは二|度《ど》ばかにされたので、くやしがって、外《そと》へ追《お》っかけて出てみましたが、こんども何《なに》も見《み》えませんでした。
 蟹《かに》は坂《さか》の上まで行って、猿《さる》の来《く》るのを待《ま》っていますと、猿《さる》は大きな臼《うす》をころがしながらやって来《き》ました。
「どうだ。うまくいったじゃないか。さあ、食《た》べよう。」
 と、蟹《かに》がいいますと、
「うん、なかなか重《おも》いので骨《ほね》が折《お》れたよ。だがこれですぐ食《た》べては、楽《たの》しみがなくなっておもしろくないなあ。どうだ、この臼《うす》をここからころがすから、二人《ふたり》であとから追《お》っかけて行って、先《さき》に着《つ》いた者《もの》が餅《もち》を食《た》べることにしよう。」
 と、猿《さる》がいいました。
 すると蟹《かに》は口からあぶくを吹《ふ》きながら、
「猿《さる》さん、それはだめだよ。駆《か》けっくらをしたって、わたしがお前《まえ》にかなわないことは分《わ》かりきっているではないか。そんないじの悪《わる》いことをいわずに、仲《なか》よく半分《はんぶん》ずつ食《た》べよう。」
 と、こういいましたが、猿《さる》は聴《き》かないで、
「いやならよせ。おれが一人《ひとり》で食《た》べてしまう。重《おも》い思《おも》いをして、臼《うす》をかついで来《き》たのはおれだからなあ。」
 といいました。
「だって、わたしだって赤《あか》んぼを泣《な》かして、みんなをだまして、お前《まえ》にしごとをさせてやったのじゃないか。」
 と、蟹《かに》がいいました。でも猿《さる》は、
「ぐちをいうな。それよりか駆《か》けっくらで来《こ》い。」
 といって、かまわず臼《うす》を坂《さか》の上からころがしました。臼《うす》はころころころがって行きました。猿《さる》もいっしょに追《お》っかけて行きます。しかたがないので、蟹《かに》もむずむずあとからはって行きますと、ちょうど坂《さか》の中ほどまで行かないうちに、餅《もち》は臼《うす》の中からはみ出《だ》して、道《みち》ばたの木の根《ね》にひっかかりました。そして、臼《うす》ばかりころころ下までころげて行きました。そんなことは知《し》らないものですから、猿《さる》もいっしょに臼《うす》を追《お》っかけて、どこまでもころがって行きました。
 蟹《かに》は途中《とちゅう》、木の根《ね》に白いものが見《み》えるので、ふしぎに思《おも》ってそばへ寄《よ》ってみますと、つきたての餅《もち》でしたから、「これはうまい。」と思《おも》って、一人《ひとり》でおいしそうに食《た》べはじめ
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