間《にんげん》を刺《さ》しません。刺《さ》せば針《はり》が折《お》れて、命《いのち》がなくなるのです。

     ひらめ

 むかし、いじの悪《わる》い娘《むすめ》がありました。ほんとうのおかあさんは亡《な》くなって、今《いま》のは後《あと》から来《き》たおかあさんでした。それで何《なに》かいけないことをして、おかあさんにしかられると、おかあさんが自分《じぶん》をにくらしがってしかるのだと思《おも》って、いつもうらめしそうに、おかあさんをにらみつけていました。
 ところがあんまりおかあさんをにらみつけていたものですから、いつの間《ま》にか目がだんだんうしろに引《ひ》っ込《こ》んで、とうとう背中《せなか》の方《ほう》に回《まわ》ってしまいました。そして娘《むすめ》はひらめというお魚《さかな》になってしまいました。
 そういえばなるほど、ひらめというお魚《さかな》は、目が背中《せなか》についています。ですから今《いま》でも、親《おや》をにらめると、平目《ひらめ》になるといっているのです。

     ほととぎす

 むかし、二人《ふたり》のきょうだいがありました。弟《おとうと》の方《ほう》は大《たい》そう気立《きだ》てがやさしくて、にいさん思《おも》いでしたから、山へ行《い》ってお芋《いも》を取《と》って来《く》ると、きっといちばんおいしそうなところを、にいさんに食《た》べさせて、自分《じぶん》はいつもしっぽのまずいところを食《た》べていました。けれどもにいさんは目が見《み》えない上に、ひがみ根性《こんじょう》が強《つよ》かったものですから、「弟《おとうと》がきっと自分《じぶん》にかくしていいところばかり食《た》べて、自分《じぶん》には食《く》いあましをくれるのだろう。ひとつおなかを裂《さ》いて見《み》てやりたい。」と思《おも》って、とうとう弟《おとうと》を殺《ころ》してしまいました。
 けれども弟《おとうと》のおなかの中には、お芋《いも》のしっぽばかりしかはいっていませんでした。正直《しょうじき》な弟《おとうと》を疑《うたぐ》っていたことがわかると、にいさんは大《たい》そう後悔《こうかい》して、死《し》んだ弟《おとうと》の体《からだ》をしっかり抱《だ》きしめて、血《ち》の涙《なみだ》を流《なが》しながら泣《な》いていました。
 すると、死《し》んだ弟《おとうと》の体《からだ》から羽《はね》が生《は》えて、鳥《とり》になって、
「がんくう。がんくう。」
 と鳴《な》いて、飛《と》んで行きました。
「がんこ」というのはお芋《いも》のしっぽということです。弟《おとうと》は「お芋《いも》のしっぽをたべている。」ということを、「がんくう。がんくう。」といって、鳴《な》いたのでした。
 すると兄《あに》はいよいよ弟《おとうと》がかわいそうになって、これも鳥《とり》になって、
「ほっちょかけたか、おっととこいし。」
 と、鳴《な》き鳴《な》き弟《おとうと》のあとを追《お》って飛《と》んで行きました。
 毎年《まいねん》うの花《はな》の咲《さ》くころになると、暗《くら》い空《そら》の中で、しぼるような悲《かな》しい声《こえ》で鳴《な》いて飛《と》びまわっているほととぎすは、人によって「がんくう。がんくう。」と鳴《な》いているようにも聞《き》こえますし、「ほっちょかけたか、おっととこいし。」と鳴《な》いているようにも聞《き》こえます。これは鳥《とり》になったきょうだいが、やみ夜《よ》の中で、いつまでも呼《よ》び合《あ》っているのだということです。

     鳩《はと》

 鳩《はと》もむかしは親不孝《おやふこう》で、親《おや》のいうことには、右《みぎ》といえば左《ひだり》、左《ひだり》といえば右《みぎ》と、何《なに》によらずさからうくせがありました。ですから、親鳩《おやばと》は子鳩《こばと》に山へ行ってもらいたいと思《おも》う時《とき》には、わざと今日《きょう》は畑《はたけ》へ出てくれといいました。畑《はたけ》へ下《お》りてもらいたいと思《おも》う時《とき》には、わざと、今日《きょう》は山へ行ってくれといいました。
 いよいよ親鳩《おやばと》が死《し》ぬとき、死《し》んだら山のお墓《はか》に埋《う》めてもらいたいと思《おも》って、その時《とき》もわざと、
「わたしが死《し》んだら、川の岸《きし》の小石《こいし》と砂《すな》の中に埋《う》めておくれ。」
 といい残《のこ》しました。
 親鳩《おやばと》に別《わか》れると、子鳩《こばと》は急《きゅう》に悲《かな》しくなりました。そしてこんどこそは親《おや》のいいつけにそむくまいと思《おも》って、そのとおり河原《かわら》の小石《こいし》と砂《すな》の中に、親《おや》のなきがらを埋《う》めて、小さなお
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