て、自分《じぶん》が御褒美《ごほうび》を頂《いただ》く代《か》わりに、宗任《むねとう》はじめ敵《てき》のとりこを残《のこ》らず許《ゆる》してやりました。その中で宗任《むねとう》はそのまま都《みやこ》に止《とど》まって、義家《よしいえ》の家来《けらい》になりたいというので、そばに置《お》いて使《つか》うことにしました。
 宗任《むねとう》はいったん義家《よしいえ》に命《いのち》を助《たす》けてもらったので、たいそうありがたいと思って、義家《よしいえ》の徳《とく》になつくようになったのですが、元々《もともと》人を恨《うら》む心《こころ》の深《ふか》い荒《あら》えびすのことですから、自分《じぶん》の一家《いっか》を滅《ほろ》ぼした義家《よしいえ》をやはり憎《にく》らしく思《おも》う心《こころ》がぬけません。それでいつか折《おり》があったら、殺《ころ》して敵《かたき》を討《う》ってやろうとねらっておりました。けれども義家《よしいえ》の方《ほう》はいっこう平気《へいき》で、昔《むかし》から使《つか》いなれた家来《けらい》同様《どうよう》宗任《むねとう》をかわいがって、どこへ行《い》くにも、「宗任《むねとう》、宗任《むねとう》。」とお供《とも》につれて歩《ある》いていました。
 するとある晩《ばん》のことでした。義家《よしいえ》はたった一人《ひとり》宗任《むねとう》をお供《とも》につれて、ある人の家《いえ》をたずねに行《い》って、夜《よる》おそく帰《かえ》って来《き》ました。宗任《むねとう》は牛車《うしぐるま》を追《お》いながら、今夜《こんや》こそ義家《よしいえ》を殺《ころ》してやろうと思《おも》いました。そこで懐《ふところ》からそろそろ刀《かたな》を抜《ぬ》きかけて、そっと車《くるま》の中をのぞきますと、中では義家《よしいえ》がなんにも胸《むね》にわだかまりのない顔《かお》をして、すやすや眠《ねむ》っていました。宗任《むねとう》はその時《とき》、
「敵《てき》のわたしにただ一人《ひとり》供《とも》をさせて、少しも疑《うたが》う気色《けしき》も見《み》せない。どこまで心《こころ》のひろい、りっぱな人だろう。」
 と感心《かんしん》して、抜《ぬ》きかけた刀《かたな》を引《ひ》っこめてしまいました。そしてそれからはまったく義家《よしいえ》になついて、一生《いっしょう》そむきませんで
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