そばまで来《き》ましたが、もう白鳥《はくちょう》はどこへ行ったか姿《すがた》は見《み》えませんでした。伊香刀美《いかとみ》はすこし拍子《ひょうし》抜《ぬ》けがして、そこらをぼんやり見回《みまわ》しました。すると水晶《すいしょう》を溶《と》かしたように澄《す》みきった湖水《こすい》の上に、いつどこから来《き》たか、八|人《にん》の少女《おとめ》がさも楽《たの》しそうに泳《およ》いで遊《あそ》んでいました。
 少女《おとめ》たちは世《よ》の中に何《なん》にもこわいことのないような、罪《つみ》のない様子《ようす》で、きれいな肌《はだ》を水《みず》の中にひたしていました。伊香刀美《いかとみ》は「あッ。」といったなり、見《み》とれてそこに立《た》っていました。するとどこからともなくいい香《かお》りが、すうすうと鼻《はな》の先《さき》へ流《なが》れてきました。そして静《しず》かな松風《まつかぜ》の音《おと》にまじって、さらさらと薄《うす》い絹《きぬ》のすれ合《あ》うような音《おと》が、耳《みみ》のはたで聞《き》こえました。
 気《き》が付《つ》いて伊香刀美《いかとみ》が振《ふ》り返《かえ》ってみま
前へ 次へ
全13ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング