白い鳥
楠山正雄
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)近江国《おうみのくに》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)八|羽《わ》
−−
一
むかし近江国《おうみのくに》の余呉湖《よごのうみ》という湖水《こすい》に近《ちか》い寂《さび》しい村《むら》に、伊香刀美《いかとみ》というりょうしが住《す》んでおりました。
ある晴《は》れた春《はる》の朝《あさ》でした。伊香刀美《いかとみ》はいつものようにりょうの支度《したく》をして、湖水《こすい》の方《ほう》へ下《お》りて行こうとしました。その途中《とちゅう》、山の上にさしかかりますと、今《いま》までからりと晴《は》れ上《あ》がって明《あか》るかった青空《あおぞら》が、ふと曇《くも》って、そこらが薄《うす》ぼんやりしてきました。「おや、雲《くも》が出たのか。」と思《おも》って、あおむいて見《み》ますと、ちょうど伊香刀美《いかとみ》の頭《あたま》の上の空《そら》に、白い雲《くも》のようなものがぽっつり見《み》えて、それがだんだんとひろがって、大きくなって、今《いま》にも頭《あたま》の上に落《お》ちかかるほどになりました。
伊香刀美《いかとみ》はふしぎに思《おも》って、
「何《なん》だろう、雲《くも》にしてはおかしいなあ。」
と独《ひと》り言《ごと》をいいながら、じっと白いものを見《み》つめていますと、それは伊香刀美《いかとみ》の頭《あたま》の上をすうっと流《なが》れるように通《とお》りすぎて、だんだん下へ下へと、余呉湖《よごのうみ》の方《ほう》へと下《くだ》って行きます。やがてきらきらと、湖《みずうみ》の上に輝《かがや》きだした春《はる》の日をあびて、ふわりふわり落《お》ちて行く白いものの姿《すがた》がはっきりと見《み》えました。それは八|羽《わ》の白鳥《はくちょう》が雪《ゆき》のように白い翼《つばさ》をそろえて、静《しず》かに舞《ま》い下《お》りて行くのでありました。伊香刀美《いかとみ》はびっくりして、
「ほう、えらい白鳥《はくちょう》だ。」
といいながら、我《われ》を忘《わす》れてけわしい坂道《さかみち》を夢中《むちゅう》で駆《か》け下《お》りて、白鳥《はくちょう》を追《お》い追《お》い湖《みずうみ》の方《ほう》へ下《お》りて行きました。やっと湖《みずうみ》の
次へ
全7ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング