にも立《た》ち込《こ》めていました。
「天《てん》にも帰《かえ》られない。地《ち》にも住《す》めない。わたしはどうしたらいいのだろう。」
と、羽衣《はごろも》をなくした少女《おとめ》は、足《あし》ずりをして嘆《なげ》いていました。さっきからその様子《ようす》を陰《かげ》でながめていた伊香刀美《いかとみ》は、さすがに気《き》の毒《どく》になって、のこのこはい出《だ》して来《き》て、
「あなたの羽衣《はごろも》はここにありますよ。」
といいました。
だしぬけに声《こえ》をかけられて、少女《おとめ》はびっくりしました。それから人間《にんげん》の姿《すがた》を見《み》ると、二|度《ど》びっくりして、あわてて駆《か》け出《だ》そうとしました。しかしふと伊香刀美《いかとみ》の小《こ》わきにかかえている羽衣《はごろも》を見《み》ると、急《きゅう》に生《い》き返《かえ》ったような笑顔《えがお》になって、
「まあ、うれしい。よく返《かえ》して下《くだ》さいました。ありがとうございます。」
といいながら、手を出《だ》して羽衣《はごろも》をうけ取《と》ろうとしました。けれど伊香刀美《いかとみ》はふと羽衣《はごろも》をかかえていた手を、うしろに引《ひ》っ込《こ》めてしまいました。
「お気《き》の毒《どく》ですが、これは返《かえ》すわけにはいきません。これはわたしの大事《だいじ》な宝《たから》です。」
といいました。
いったん気《き》の毒《どく》になって、羽衣《はごろも》を返《かえ》そうと思《おも》った伊香刀美《いかとみ》は、急《きゅう》にまたこのきれいな少女《おとめ》が好《す》きになって、このまま別《わか》れてしまうのが惜《お》しくなったのでした。
「まあ、そんなことをおっしゃらずに、返《かえ》して下《くだ》さいまし。それが無《な》いと、わたしは天《てん》へ帰《かえ》ることができません。」
と少女《おとめ》はいって、はらはらと涙《なみだ》をながしました。
「でもわたしはあなたを天《てん》へ帰《かえ》したくないのです。それよりもわたしの所《ところ》へおいでなさい。いっしょに楽《たの》しく暮《く》らしましょう。」
と伊香刀美《いかとみ》はいいました。そしてずんずん羽衣《はごろも》をかかえたまま向《む》こうへ歩《ある》いていきました。少女《おとめ》はしかたがないので、悲《かな》し
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